狼男×人間

SK∞

「今夜満月だから部屋に入ってくんなよ」
 高校を卒業して一緒に暮らし始めた春、恋人は鶴の恩返しみたいな事を言った。

「なんで」
 暦とはずっと一緒にいたい。大学の授業を受けてる間も惜しいくらいだ。暦も同じ気持ちだから一緒に暮らすことにしたと思ってたのに、そんなことを言う理由がわからない。
「だから!満月だからだよ!うちの家系のことは前にも話しただろ!?」
 もちろん覚えてる。暦は人狼だ。満月の日の夕方、月が昇り始める頃からだんだん身体が変化しはじめて、高くなってきた頃には完全に獣になる。空のてっぺんを通り過ぎるとまた変化を始め、明け方に月が落ちるころに人間に戻るらしい。
 ちゃんと覚えてる。でも、それが理由になるのがわからない。
「なんで隠そうとするの?狼の暦もかっこいいよ」
 前に暦のお母さんに写真を見せてもらったことがある。初めてデッキを作ってくれたときのスケッチにあったみたいな、クールな狼だった。
「母さんいつの間に何してんだよ……じゃなくて」
 ベッドに座った暦は枕元の棚に手を伸ばす。そうだよ、暦の部屋にベッドを置くこと自体俺はよくわからなかったんだ。テスト前とか一人で集中する場所があった方がいいのはわかる。でも、寝るにしてもするにしても俺の部屋なのに。
「何するかわかんねえっつってんだよ」
 取り出した瓶を俺に突き付けてくる。中に入ってるのは錠剤だ。
「……何するかって?」
「だから、姿が獣になってるときは人間の意識も理性もねえの。本当にただの狼になっちまうの。人なんて狼からしたら脆い獲物でしかねえし」
 俺としての意識ないうちにお前が大怪我したり、下手したら……そんなん俺ぜってー嫌だから。
 暦は手首足首に手錠をかけてベッドの柱につなぐ。窓の外では太陽がだいぶ傾いてきていて、月が昇る時間が近付いてるから準備をしてるんだろう。獣として暴れたら危ないってことなのかな。ところでその手錠と鎖ちょっと気になるな。
「こんなに繋いだりするのに?その錠剤だって鎮静剤とか睡眠薬みたいなものだろ?意識あるうちは一緒にいちゃダメ?どんな暦でも好きだし、近くにいるのに離れるのは寂しいよ」
 ベッドに座った暦にベッドの下からすり寄る。膝に顎を乗せて見上げると、ぐっと息を詰めるのが見える。なのに、今日は折れてくれない。
「……ダメだ。変わり始めたら理性もだんだんなくなってくから」
 それは、どういう意味なんだろう。
「……乱暴に抱かれるとかならwelcomeだけど」
「おまえはそうだろうけどな!!!!俺が嫌なんだよ!!!!」
 普段俺がどんだけ大事にしてるかも知らねえで。
 そう言って暦はを逸らすけど、いくら暦でもその言い方は見過ごせない。暦の身体を這い上がって、ベッドの上で組み敷く。
「暦がいつも大切にしてくれてるの知ってるよ。だから暦が全部狼になったとしても暦が優しいってわかるし、どんな暦も好きだって伝えたい」
 額の触れる距離で言う。さっき暦は自分で付けた鎖がじゃらっと音を立てる。なぁ、いいだろ?
「…………ダメだ」
「なんで!?」
 なんで、本当になんで!?一緒にいたいってお願いをこんなに拒絶されるなんて!
 俺は不満そうな顔をしてたんだろう。いらついたみたいに舌打ちして、腹筋だけで起き上がった暦にひっくり返される。じゃらじゃらと派手な音がする。
「ああもう!言っちまうけど!!俺はこれが俺なんだよ!!」
 生まれるときは毛むくじゃらだったらしいし、元々の祖先も狼だったらしいよ。でもそうじゃねんだよ。俺は俺なんだ。意識が塗りつぶされて自分じゃない自分になるってすげー怖えんだよ。ましてお前が大切だから、俺じゃない俺としてお前と一緒にいたくねえんだよ。
 俺を押し倒した暦が一気にまくしたてる。こんな暦を見たことがあっただろうか。……だけど、言ってることはよくわかる。
「暦の知らないところで俺が暦じゃない暦といちゃいちゃするの嫌だっていうのもあるってことだよね」
「………………それだけじゃねえけど……いやそれはわかってると思うけど……それでいいよもう……」
 でも、否定しないってことはそれもあるってことだ。
「確かに理性失くした暦が気になってたのは本当だけど」
 額をぶつけながら言えば、それみたことか、とでも言いたげな琥珀色と目が合う。
「だから、月が落ちきる前に部屋に行くね」
 月が落ちるにつれて、暦は自我と理性を取り戻していく。ほとんどいつもの暦な、ちょっとだけ理性を手放してる状態の暦が相手だったらどうだろう?
「だんだん全部が暦になってく暦を、途中も全部俺にちょうだい?」
 それならいいだろ?
 鼻の頭をこすり付けながら言う。暦は大きく息を吐いて、俺の首筋に顔をうずめる。変なとこで頑固なんだよな、なんて声が聞こえる。そうだよ、俺が強情だって知ってるだろ。
「……覚悟しとけよ」
 欲をたっぷり含んだその目に見つめられるだけで、俺は満たされた気持ちになれるんだ。
「のぞむところだよ」
 だけど、今のうちにもうちょっと。俺に跨る暦の頭を引き寄せて、俺は唇に噛みついた。

***
変化途中は獣耳尻尾だと思うんですよ