若い悪魔祓いのくせに生気が薄いヤツがいるって聞いたからわざわざ寿命を貰いに来てやったんだ。なのに。
「暦」
山奥の集落、ヤツの管轄の小さな教会。俺はその聖職者に拘束されている。……正確に言うなら、腕の中に抱き込まれている。なんでこんなことに。
頬に触れる感触に視線を向ければ、細い髪が流れてる。否が応でも思い出す。――いや、忘れたことなんてない。
舞い踊る雪から目が離せなかった俺がいけなかったんだ。
***
人間の願いを叶えて、対価に寿命をいただく。俺たち悪魔はそうやって生きている。
願いの難易度が大きいほど対価の寿命も長くなる。だから、若いヤツの大きな願いの方が効率がいい。
ついでに、同じ寿命でも、魂の質がいいヤツの方が悪魔の力に取り込める。そういうヤツは聖職者――中でも悪魔祓いをやってることが多いから、難易度もリスクも高い。そう、悪魔は祓われるリスクがある。
宗教とかいうヤツの教えとやらによると、人間は欲を持たず慎ましく、長く生きるのが良いとされてるらしい。だから願いを叶えるなんて欲を引き出す言葉をかけて、寿命まで奪っていく悪魔は殲滅対象らしい。それを職業にまでしてるのが悪魔祓いってわけだ。
聖職者は宗教とやらを特に大切にしてるから、欲を抑えてるヤツが多い。だけど生気、生きる気力がないヤツならそそのかしやすいし、若くて魂の質がいいってんなら格好のエサだ。そんな獲物の情報が入ったから、俺は噂に聞いた山へ向かって翼を開いた。
最初にターゲットに接触するときは人間のふりをした方がいい。だから山の上の教会に行くにも、翼を仕舞い森の中に降りて少し歩く。降りるアタリを付けようと、すぐそこに迫った目的地を見下ろしたときだった。
冬の山は空から落ちる白に染まっている。光に照らされて翻る白い祭服。宙を舞う人影は周りの雪よりもっと雪の色をしていて、幻想的な光景に、俺は、
――瞬間、温度のない青と視線が交わる。何の感情も乗っていなかった瞳は見る間に輝いて見開かれて――
俺は、協会の敷地内に落下した。
たまたまやっていた、この教会に伝わる祈りの一種だったらしい。魔の弱体化の力を持つそれの効力範囲内に侵入した俺は飛べなくなって落ちた。もちろん翼も出したまま姿を見られたから、人間のフリもできなくなった。相手は悪魔祓いだ。俺もここまでかな。と思っていたのに。
「いらっしゃい、uniqueな顔の悪魔さん」
それから半月、俺は何故かターゲット――ランガの教会に居候している。
翼を隠して僧侶見習いみたいな立場でランガと二人暮らし。それはいい。わからないのは、ランガがめちゃくちゃきらきらしてることだ。
生気がないから相手にしやすいと思って来たのに、それどころかものすごく元気だ。村に巡回に行ったのを迎えに行ったときなんて、空の色の瞳をきらめかせて俺に抱き着いてくる。俺なんかしたっけ?
とまぁそんなに生気に満ちてるうえに聖職者としての常識もあるから、簡単に願いを叶えさせてなんかくれないわけで。
「どーしたもんかなー……」
俺はシチューを煮込みながら考える。これは二日目に作ってやったらめっちゃ食いついてきたランガのお気に入りで、作るとふにゃふにゃの笑顔で喜ぶから、夕飯当番の日にはほぼ作ってやっている。
「……交代制で飯作ってるとか馴染みすぎじゃね?」
まして、そのふにゃふにゃの笑顔が見たくて作ってるなんて。
「しっかりしろ、俺。絆されんな。絆すのは、俺の方」
そうだ、あいつの願いを聞き出してやる。確か今週の日曜は宗教とやらの祭だったはずだ。それに乗じて酒でも飲ませてなんか言わせちまおう。
祭の日の献立を考えながら、俺はシチューをかき混ぜる。