2021-04

SS

viziare

淡い色をした頭がカウンター席で揺れている。  時折かくん、と船を漕いでいたそいつは、ついに指通りの良さそうな髪をカウンターに流れさせた。突っ伏したのだ。グラスを磨いていた手を止め、席の方を覗き込む。 「寝ちまったか?」  カウンターごしに手を伸ばし、頭のすぐ横に置かれたシャンパングラスをずらしてやる。少しだけ残った液体が揺れる。 「……ん、」  俺の動きに気付いたのだろう、テーブルに額を預けていた顔が上がる。酒に赤く...
SS

朝ごはんにサラダとパンとオムレツと、

コンビニほどじゃないけど、購買のパンは季節でメニューが変わるらしい。三年生の出席も少なくなって競争率も下がった二月、今日の戦利品は暦おすすめの冬限定増量焼きそばパンと、同じく初めて見たチョコレートパン、それからいちごの菓子パンだ。いちごの赤に何を思い出したかなんて、言うまでもなく。  早く暦と食べたい。足早に教室に帰る途中にすれ違ったクラスメイトは、顔と手首が濃いピンク色をしていた。 「………………!?」  思わず振...
SS

手を握る

昼休みの屋上はあったかくて、俺の分まで用意してくれていた暦のお弁当は美味しくて。……それから、昨夜は少し寝付けなかったから。気が付いたら、俺の頭は暦の肩に乗せられていた。  たぶん、話しながら寝てしまったんだろう。弾むみたいな暦の声は心地良くて、ずっと聞いていたくて、安心するから。  暦はまだ、俺が目を覚ました事に気付いてない。まぶたは重いけれど、じきに昼休みも終わる。声をかけないと。そう思った時だった。  俺の頭を...
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暗香

――噎せ返りそうなくらいの、 「今日はどうする?」 「先週通ったところの反対側の道行ってみたい、白っぽい桜咲いてた方」 「おっしゃ!」  時は巡り、俺たちが出逢った春がまたやってきた。あいも変わらずスケートに明け暮れ、拳を合わせて笑い合う。俺の毎日の中にあいつとスケートがあって、あいつの生活の中にスケートと俺がある。それって、すっげーサイコーじゃね?  ランガの言う方のコースに向かうまでにも、いくつもの桜を通り過ぎる...
SS

添い寝

いつもみたいに一緒に滑りに行く前に、ボードのメンテをしてくれるって、暦が言ったから。俺が向かったのは、いつもの海の見える公園でも、通学路の待ち合わせ場所でもなく、赤い花が咲く暦の家だった。  暦に似た色の前でボードを止めて、着いたとメッセージを送る。いつもはすぐに返事が返ってくるのに、画面にはなんの変化もない。  そっと、敷地の中を伺う。建物の前まで入ってみる。開け放たれた部屋を覗く。 「暦ー?」  返事はない。ぱた...
SS

歌が聞こえる。流れる水みたいに透き通ってて、やわらかくてあったかくて、すげー心地いい。日本語じゃない歌詞は頭を素通りしていったけれど、それでも、ずっと、聞いていたくなる。  確か、前を見てなくてすっ転んだんだ。いつもと違う公園だったから、ってのは言い訳になっちまうけど。  新しいトリックキメて嬉しそうにこっち見るから、すげーって、かっけーって、心から言ってやったんだ。そのときあいつが笑った顔が、ものすごく綺麗で。目が...
SK∞

眠くなると評判の生物教師がの話し声が聞こえ始める。言われる通りのページ、ではなく、教科書の真ん中あたりを開く。一番バランスがいいからだ。  教科書を立てて、外側を資料集で覆う。教科書は厚くて倒れにくいけど小さすぎて、資料集は髪が薄くて倒れやすいけれど大きい。重ねて机に立てれば、一番後ろの席では教壇から見えないそこそこ良いバリケードになる。  さて、どうしようか。昨夜あいつが送ってきた動画をもう一回見ておこうか。それと...
SS

馳河ランガです。

作業場に運ぶ段ボールの上からバインダーが落ちる。箱を置いたテーブルからすら落ちたそれは、小さい音を立てて綴じた紙を吐き出した。 「暦、何か落ちたよ」  散らばった紙を踏んでしまっては危ない。運んでいた食器をシンクの横に置いてから、ランガはバインダーの側に屈みこんだ。  それはスケートの設計図だった。自分に作ってくれたもの、暦自身のもの、妹たちのもの。ほかにもたくさん。何枚も連なるそれは、暦の手から作り出されたと覚えて...
SS

ペアルック

クレイジーロックに行く前にハンバーガーショップで待ち合わせたその日、時間通りにやってきたのはランガだけだった。暦はちょっと遅れるって。そんな事を言っていた気がするけれど、僕はランガの服装から目が離せなかった。 もちろん、予想くらいできてたんだ。少し前に、服の話をしたばかりだったから。 いつも通りの夜だった。暦とランガが一緒に来るのもそうだし、ジョーとチェリーが並んで現れて小学生みたいな言い合いをするのもいつも通りだっ...
SK∞

次の瞬間、世界は歓声に包まれた。

月明りが落ちる窓辺で耳を澄ませる。微かに届く排気音。だんだん大きくなるそれに小さく笑って、窓に作ったアールを滑り出す。宙を舞いながらデッキを回して、警戒な音を立ててアスファルトに降り立つ。それとほぼ同時に聞こえたバイクの止まる音に振り返る。 「暦!」 応えを声に出す代わりに拳を突き出す。俺たちの手が無限をかたどって、微笑みあう。この形にもずいぶん慣れた。 「ほら、早く」 「おう」 投げられたヘルメットを被って後ろに飛...