2022-01

140SS

『おやすみのキス』

こいつが泊まるのも何度目だろう。ベッドの横の客用布団に転がる相棒は、いつものようにぐっすりと寝入っている。  だから俺もいつものように、こっそりベッドから出て親友の枕元に降りる。顔に掛かる前髪を上げて、額に、頬に、唇で触れる。口にする勇気はまだない。  瞬間、不満げな海色がこっちを見た。
140SS

『本当は、嘘です。』

「暦はさ、俺が女子に呼び出されるのどう思ってたの」「そりゃお前かっけーし、当然だなとは」「それだけ?」「好きなヤツが好かれるのは嬉しいじゃん」「本当に?」「どうしたいかはお前が決めることだし」「暦」「……ごめん。すげーやだった」「うん」「俺のなのにって」「そうだよ、捕まえてて」
140SS

『なぐさめる』

例えば、宮古島に行く船で自分に向けてと勘違いして女の子に声を掛けたこと。似たような失敗を、暦は何度もしている。  そのたびに落ち込んでないって強がる暦に、気にするなよ、次があるよ、なんて言うけど、本当はそんなこと思ってない。世界で一番暦のことが好きなヤツは、すぐそばにいるんだから。
140SS

『なでなで』

面倒見がいい俺の恋人は、妹たちの前ではもちろん、そうでない場所でも「お兄ちゃん」になることが多い。  だけどそんな彼も、二人の時だけ見せる姿がある。ベッドの中、目が覚めてるのに擦り寄ってくる髪を撫でる。もっと撫でろとばかりに頭を押し付けてくるから、甘えてくる恋人を全身で抱きしめた。
You make me Rainbow

You make me Rainbow! -1-

***  昔、俺たち人魚の先祖には、陸に上がって人間と結婚した女の子がいたらしい。  時代が下った今は、陸の人間は人魚をほとんど滅んだ種族だと思ってるっていう話だし、海の上なんて行くもんじゃない、陸の奴らは人魚を食おうとする、って大人は言う。  でも、ずっと不思議だったんだ。どうしてその子は陸に上がったんだろう。海の上の、人間の、何を好きになったんだろう。  灰色だ。  目の前も、海底も、水面も、全部が灰色だ。目に入...
You make me Rainbow

You make me Rainbow! -2-

***  透明な水をかき分けて泳ぐ。慣れた海を斜め上に、太陽の光が射す方へ向かう。だんだん海底が浅くなるのを感じるごとに気持ちが逸る。浜が近付いている。  岩場のそば、入り江の近くの水面に顔を出す。空と海の重なり合う青、光を反射する浜の白、生き物の気配の混じる岩場のまだらのグレー。浜の中で一際目立つ赤色に自分が笑うのがわかる。やわらかく揺れて、夕焼け色が俺を捉える。 「ランガ!」  暦の明るい声が俺の名前を呼ぶ。こっ...
You make me Rainbow

You make me Rainbow! -3-

***  暦の手が作り出すものはどんなものだって楽しい。暦が持ってる好きなもののひとつが、小さな籠だ。暦のお母さんが木を編んで作ったっていうその籠に、暦は花を持ち歩いている。幼い妹たちに生花の飾りをねだられることもあるから、綺麗な状態で落ちているものは拾ってきているらしい。  花は生き物だ。だから空気がよく通る籠で、でも乾かないように湿らせた布と一緒に入れて持ち歩いて、例えば髪に留められるようなピンやゴム、カチューシ...
You make me Rainbow

You make me Rainbow! -4-

***  昔、俺たち人魚の先祖には、陸に上がって人間と結婚した女の子がいたらしい。  船の上の若者に恋した彼女は、嵐で海に落ちた若者を助けて陸まで送り届けた。焦がれた彼と共に在りたかった彼女は人の姿を望んで、魔女に足を得る薬を願った。  それからいろいろあって、彼女は陸の花嫁になったらしい。  今はもう、魔女なんていなくなったって言われてるけど、その人がいたら、俺はどうしていただろう。  だって、彼女の気持ちが、今な...
You make me Rainbow

とある司書の手記

高台の領主の館から少し、かつての別館だったという洋館は、当時のきらびやかさを想像させる佇まいのまま、今は図書館として開放されている。大きな窓から陽が差すロビーも、高い書架が並んだ静かなホールも、我が勤め先ながらとても好きな場所だ。  返却図書を積んだカートを押していた私は、地元民俗学の棚に赤色を見付けた。図書館なんかとは縁のなさそうな、しかしここ最近よく現れるようになった色。  彼は細工師見習いの青年だった。祭での祭...