マシュマロ・ホイップ・アイス・シュガー

ロリポップ・ハニー

レ×ラ♀
ボードを持たずにショッピングモールにお出掛けした日の話。

 Sはある種のお祭りだ。深夜の鉱山、無法地帯。あの熱気に酔ってるからこそ受け入れられてる事は、たぶん俺の思ってる以上にある。
 シャドウの爆竹とかの妨害なんて筆頭だし、愛抱夢の俺への仕打ちもそうだろう。そもそも存在自体が警察にバレたらヤバいもんだ。あとは服装、チェリーみたいなのが昼間の街歩いてたら相当目立つし、ジョーの女たちだってSだから大胆な露出してるって人もいるだろう。俺も見慣れてたんだ、クレイジーロックでは。
 だけど昼間の高校生の俺としては、そういうのに耐性がなかったから。意識して凝視して動揺しても仕方なかったんだ、たぶん。
 バーガーショップで前に並んでた女子の見せブラや谷間なんかも。

「席取ってくるね」
 バーガーふたつとポテトと彼女にしては控えめなオーダーをして、ランガは店の奥へ向かった。ヤバイ。すげー見ちまってたのバレてた? 心臓を押さえて後姿を見つめ続ける。苛立ちの入った店員の声に促されるまで、俺は自分の注文を忘れていた。
 二人分の注文を乗せたトレイを持って店の中を歩く。頭をめぐるのはさっきのことだ。女子の下着を肌を見て動揺してたなんて幻滅されてたらどうしよう。どう考えてもやらかした。ランガと――片想いの相手との、初めてのスケート抜きのデートみたいな買い物なのに。

「暦、こっち」

 声の先に手を上げるランガを見付けて、少し足を速めた。窓際のカウンター席、ランガの分のトレイを彼女の前に滑らせる。ありがと、と笑うランガはいつも通りに見える。……さっきのは、見られないで済んでたんだろうか。
 こっそり息を吐き出して、自分のトレイもテーブルに置いてイスに座る。――細い肩が俺の腕に触れて、身体が跳ねそうになる。
 Sの行き帰りだって、普段一緒に滑ってる時だって、ファストフードに入る事は多いけど、いつだって俺たちは向かいに座ってた。なんだって今日に限って、こんな、近い席に。
 目の前のガラス窓越しにバーガーを頬張るランガを見やる。相変わらず良い食べっぷりだ。口元についたケチャップを拭った指先が、ちろりと出た舌に掬われる。口元に持っていった手ごと腕が身体の真ん中に動いて、やわらかそうな塊がきゅっと腕に寄せられて揺れる。よく俺に抱き着いてくる時に腕に触れる、いつもは意識しないようにしてる、ふんわりした感触。思い出してしまいそうになって必死に打ち消そうとする。
 ランガはいつも、きっちり襟の高いシャツを着ている。でもきっと、色の濃いその下には、さっき見えた女子みたいな――
 ――思いっきり、頭をテーブルに打ち付ける。

「……暦、何やってるの」

 食べないの? 傾けられた頭と一緒に流れた長い髪が俺の腕に触れるのが見なくてもわかる。もう一度、頭を打ち付ける。振り払え。平常心。

「……食う」

 顔を上げる。ガラス窓の向こう、今度こそ景色だけを意識して、俺はバーガーを胃に流し込む。味がよくわからない。

「ねぇ暦、このあとどうする?」

 バーガーふたつを完食して細い指でポテトをつまむランガが言う。んー、俺は炭酸を吸い上げながら考える。
 今日は本当に、ボードを持ってこない外出だった。バスで訪れたショッピングモール。制服以外では見たことがなかったスカートが可愛くて浮かれるのに始まって、ランガに似合いそうな服を俺流コーディネートしてやったり。やっぱりスケートが見たくて全国チェーンのショップを眺めたり、他にも色々な店を冷やかして、ちょっと腹ごしらえ、と今バーガーを食ってるわけで。

「どーすっか。俺はどうしても行きたいとこもねぇけど」

 お前は? 問えば、ランガは何やら神妙な顔で頷く。

「行きたいところ、できた。暦、一緒に来て」

 淡いピンクと白の壁。いかにも女物を強調する店構え。棚に並ぶカラフルなレース、マネキンが身に着けるのはたっぷりのフリルに彩られたかわいらしい――下着。
 ランガが俺を連れてきたのは、いわゆるランジェリーショップだった。
 ただでさえ馴染みのない場所だ。それが今日はたまたま意識してしまって、好きな子のそれを考えてしまっていて。俺の顔は真っ赤になっているだろう。そろそろキャパオーバーだ。

「じゃあ暦、行こうか」

 当のランガは何も気にならない様子で俺を促す。やわらかい手が、俺の手首を掴む。それがトドメだった。

「……俺! 外で待ってっから!!」

 手首を握る手を振り払い、店の前から遠ざかる。下着屋の隣は非常階段だったから、角を曲がってすぐ、階段の向かい、店の外壁に背中を預けた。

「はー……」

 壁伝いにずるずるとしゃがみ込む。ずらしたヘアバンドごと目元を押さえる。閉じたまぶたに浮かぶのは、店先のマネキン、正確にはそれが身に着けていたものだ。
 白くて、ふわふわで、雪みたいで。そう、まるで、

「暦」

 何センチか浮いていたんじゃないか。それくらいに俺は動揺した。間違えるはずがない、頭に浮かびかけていたランガの声だ。

「な、何だよ」

 もう買い物終わったのか? 俺はヘアバンドを上げながら声の方を向いて――硬直した。

「どっちがいい?」

 俺の好きな女の子は、俺と同じ高さにしゃがんで、顔の横に両手で下着のハンガーを持って首を傾げた。揃いのデザインのブラとパンツが形と色が違うものが二種類、しっかり見てしまってから慌てて目を逸らす。かわいい仕草と意味の分からない行動に頭が追いつかない。何を試されているのか。

「どっちも暦の好みじゃない?」

 好みじゃないかと言えば決してそんなことはなくて、黒のレースのほとんど紐みたいなのも真っ白な肌と抜群のスタイルに映えてエロいと思うし、けど強いて言えば白のリボンフリルの方がピュアで危うい雰囲気に似合うと思、じゃねえよ想像すんなよ俺!? つーかお前その黒いの自分が着るつもりで持ってきてんの!?

「……おまえ、さぁ」

 さっきと同じように、ヘアバンドを引っ張り下げて視界を閉ざす。もっと過激な妄想をしたがる自分を抑えつけながら絞りだす。
「訊くなよ。男に。そういうの」
 声にできたのはそれだけだった。だって男ってバカだからさ。勘違いしそうになるだろ。色々。

「……だって、暦が」

 拗ねたみたいな声が聞こえる。……俺?

「暦が大胆な服着た女の子見てデレデレしてたから」

 せっかく二人なのに、面白くなくて。
 目元から手を離してランガを見る。眉をつり上げて頬をふくらませてそっぽを向いて、俺を独占したかった、みたいなことを言ってくる。そういうところが、めちゃくちゃ、

「……デレデレは、してねぇよ……つうかやっぱ気付いてたのかよ」
「だから食べるのも隣に座れる席にしたのにこっち見てくれないし」

 カウンターにしたのもわざとかよ。気持ちを落ち着けたくて、長く息を吐き出すけど、落ち着けるわけもなく。

「お前といるのに気ィ散らしたのは謝るから。ほんとすまん。……でも、ほんとお前もそういうのやめろよな」

 ましてお前めちゃくちゃ可愛いんだし。どうにかなってからじゃ遅いんだぞ。からかうのやめろ。
 これは善意からの忠告だ。妹を持つ兄として、あいつらにもいつかは言わなきゃならないと決意する。
 こんな風にからかわれるくらいだ。そんな風に見られてないってわかってる。それでも俺だって、さすがに期待しそうになる。

「めちゃくちゃ……」

 小さく口の中で何か言ってから、ランガは俺を見る。

「……からかってなんかない。男じゃなくて、暦だから。好みを聞きたかっただけ」

 見ることになるのは暦だけだし。暦にどうにかなって欲しいんだし。
 小さく言うなり、ランガは立ち上がって俺に背を向ける。

「……は?」

 見上げた後ろ姿。雪色の長い髪から覗く耳は、真っ赤に染まっていて。
 ……は?

「自分で選んでくる。どういうのが好きかなって、想像するのも楽しいし」
「は!? え !? 何!?」

 俺はしゃがみ込んだまま情けなく声を上げることしかできない。ほう、とひとつ息を吐いて、ランガが俺を振り返る。

「楽しみにしててね、darling」

 やわらかそうな曲線を描く淡く染まった白い頬。水分を増した、少し細められる瞳。困ったみたいに下がる眉。光を受けて艶めく端の上がった唇。俺だけに向けられる微笑み。そんなのを食らって、どうにかならない方がおかしい。
 店に向かって角を曲がるのを見送る。長い髪の先まで見えなくなってから――俺は思い切り深呼吸した。
 呼吸が荒いどころじゃない。心臓が爆発しそうだ。全身に汗かいてる気がする。だって、さすがに勘違い、じゃねえ、よな? 正直すぎる身体がめちゃくちゃになりそうだ。
 だけど、ずっとこのままじゃいられない。かっこ悪いにも程がある。あいつが戻ってくる前に、冷静になってないと。
 そしたら、俺からちゃんと言うから。なぁ、順番間違えたくねぇんだよ。
 もう一度、深呼吸する。震える唇から音にする。
 ――俺、お前のこと、