後天性にょ

ロリポップ・ハニー

腕に触れたふわりとした感触がくすぐったくて、薄くまぶたを開いた。覚めきらない頭で視線を動かすと、俺のむき出し肩には雪の色をした綺麗な髪がうずめられている。

俺の手が触れる肩もよく知るなめらかな素肌の感触だ。眠る前に何をしていたかは明らかだった。
窓からの光は陽が落ち始めた頃の角度をしている。最後にベッドに入ったとき陽が昇り始めていたのは覚えてる。休みの前の日だからって羽目外しすぎたかな。反省するでもなく思いながら、腕の中の身体を抱き寄せる。髪を撫でる。すこしひんやりとした感触は、首筋を通り過ぎて背中まで続いた。
……髪が長い?なんで?こいつ今肩までもなかったよな?
違和感はそれだけじゃない。素肌の胸に触れる感触が違う。やわらかくつぶれて押し付けられるこれは、勘違いでなければ、たぶん、
肩を掴んで引きはがす。目を見開く。
俺が抱きしめて眠っていたのは、ランガによく似た、全裸の美少女だった。

「…………………………!??!?!?!!??!?!?!」

意識した瞬間、手を離して飛び退る。だって、どういう状況なんだこれは!?

「んーー……」

急に俺が離れて寒くなったのか、謎の美少女はこっちに手を伸ばしている。白く長い腕がベッドヘッドにひっかかっていた俺のシャツに触れると、それを抱き込んで顔をうずめた。

「れき……」

寝ぼけたまま俺の名前を呼んでふにゃりと崩れる表情は俺の匂いが好きだと言ってたランガそのもので。自分の体温が上がってるのがわかる。ああ~~意味わかんねーけどやっぱそうなのか!?

「~~起きろ!!」

肩を掴む。寝ぼけて俺の温度に縋って抱き着いてこようとする腕を引きはがして揺さぶる。ようやく不満げに目を開けた彼女に、冷静に見えるように話しかける。

「……ランガ、だよな?」
「…………何言ってるの、暦。当たり前だろ」

暦は俺以外とこういうことするの。ランガより高い女の子の声で言って、むっと目を吊り上げる。言ってる内容も、なじってくる態度も、間違いない。確信できた。だけど、その身体は。

「いいか、落ち着いて聞けよ」
「暦よりは落ち着いてるよ」
「そのまま下向いて、自分の体見てみろ」
「……?」

横たわったまま、彼女――ランガは視線を下げる。長い髪が流れる。やわらかな胸がこぼれる。目が、見開かれる。――訪れる、沈黙。

「……おーい?ラン、ガ?」
「……チェリーが言ってたの、本当だったんだ」
「は?」

チェリーって、あのチェリーだよな?俺と寝てるときに他の男の名前、とか言ってる場合じゃない。

「何、よくあるのかこういうの」
「そう言ってた」

身体を起こしたランガが一瞬固まる。腕や足を動かして、また固まる。布団を素肌に巻き付けてうなだれる。ただでさえ白い肌が、さらに白さを増しているのは、きっと気のせいじゃない。

「どうしよう、暦」
「うん」
「今起き上がっただけでもなんか身体が違う。これじゃ暦と滑れない」

一番は俺とのスケートらしい。正直言うと嬉しかったけど、そんな場合じゃないと頭の中で自分をひっぱたく。何かヒントになることは。

「チェリーは他になんか言ってなかったのか?」
「うーん……確か、ジョーが、」

ヴーッ。ベッドの横で振動音がする。見ればサイドチェストで震える俺のスマホ。俺より近くにいたランガが画面を覗き込む。

「ミヤだ。……あ」
「わり、出る」

ランガの前を通って手を伸ばしてスマホを握る。近付いた時に感じる、いつものランガじゃない匂い。スマホを持っていない左手を握るランガに笑いかけながら、通話ボタンをタップする。

『あ、暦?明日のS、』
「ミヤ、お前どこにいる?ジョーのとこ?」

俺が出したジョーの名前に、俺の手を握る力が少し緩む。こんな時に電話出て不安にさせちまったかな。身体を寄せて、握られた指を根本から撫でる。ごめんな、もうちょっと待ってて。

『何急に。……そうだけど』
「悪い、代わってくれ」

いつもと違う俺の声の緊張感に気付いたのだろうか。わかった、という腑に落ちなさそうな声の次に聞こえたのは、甘い色男の声だった。

『暦か?今日はランガと二人で休みだろ?俺なんかに何の用だよ』
通話口をランガに向ける。しゃべってみろという意図が通じたのだろう、ジョー、と落とされた声はランガのものだけどランガのものじゃない。

『……今のランガか?』
「えーっとなんか、よくわかんねえことになってて、ランガがチェリーも前になって戻るのにジョーがなんとかって」
『あー、だいたいわかった』

そこで言葉を切ったジョーの背後で扉が閉まる音が聞こえる。ミヤから離れてくれたんだろうか。完全に閉まる時間のあと、再び口を開いた。

『ランガの身体が女になっちまったんだよな?』
「! そう!やっぱり知ってんのか!?なぁ、どうやって」
『落ち着け。俺に聞いてきたって事はチェリーがなったのを知ってるんだな?いいか、あいつがそうなったとき、そうしたから戻ったって確証があるわけじゃねえ。時間経過だったのかもしれない。それでも、聞きたいか?』

それでも、それで戻れるかもしれないなら。続きを促す。

『……ヤったんだよ』
「……は?」

聞き返してしまったのも、無理はなかったと思う。

『女の、薫を、抱いた』

けれど、ジョーから返ってきた、言葉を区切ってはっきりした言い方は、最初の理解と同じものだった。

「……はあああああ!?!??!?!」
『そういうのはご都合主義なもんなんだよ、諦めろ。じゃ、ミヤにはうまく言っといてやるから。……頑張れよ』

面白がってるようにも聞こえる声を最後に切られた電話。あまりのことに俺はスマホを取り落としていた。
暦、と俺の名前を呼ぶランガ。――に、手を掴まれたと思ったら、触れるやわらかい感触。
俺の手は、ランガ自身の手で、丸みを帯びた胸に押し付けられていた。
瞬間、顔面が沸騰する。

「ラララララララララララランガさん?」
「するんだろ?暦の反応見てたらわかる」

それに。ランガの視線が動く。

「さっきからずっと辛そう」

――情けないことに、俺の分身はしっかりと反応してしまっていた。
俺は自分がわからなかった。俺はランガしか知らない。女子の身体を見るのなんて初めてだ。俺はただ、初めて見たそれに興奮してしまってるだけじゃんじゃないのか。だったら最低も最低だ。ランガの顔が見られない。

「暦」

ランガの手が俺の指を動かし、全体をわしづかませようとしてくる。俺の手から少しあふれるやわらかいかたまり、てのひらに触れる硬さを増した突起、触れられてこぼれる甘い声。それら全部に、さらに俺の俺が上を向く。

「いいよ、女の子に興奮してるだけでも」

聞き捨てならない言葉にランガの方を見る。それじゃ駄目だろ。俺はいつもお前とだからしたいんだよ。お前が自分を大事にしないようなこと、俺が嫌だよ。そんな言葉は、喉に詰まって出てこなくなった。――ランガは、嬉しそうに笑っていた。

「だって暦、一生女の子抱くことないだろ」

ずっと俺だけなんだから。

「暦が女の子としたいなら、今の俺以外は嫌だ。俺も、暦以外にあげたくないし」

動けないままでいる俺を白い腕が抱きしめる。巻き付けていた布団が落ち、素肌同士が触れる。額を合わせ、鼻の付く距離で青い瞳が俺を見る。

「好きだよ、暦」

心臓が跳ねた。
その目が、声が、仕草が。全身で俺を好きだって言ってくれるのは、間違いなくランガだったから。
分身が腹に付くほど反り返っているのがわかる。だけど、今度はさっきとは違う。俺はちゃんと、ランガだから抱きたいと思ってる。

「ランガ」

唇を重ねる。嬉しそうに目を閉じて首に腕を回してくる身体を優しく横たえる。

「……怖くねえの?それで戻れるかもわかんねーのに」
「……戻れないのは怖いけど、戻るためにするって、暦がいうなら信じるよ」

いつだってそうだ。ランガはまっすぐな想いを俺に預けてくれる。いつもより少しだけ小さな頬を両手で包む。触れるだけだったキスは、繰り返すごとに深さを増していく。

「それに、女の子の身体でどう感じるのか楽しみ」

暦ときもちよくなりたい。キスに溶けた瞳で続きをねだられる。……あまりの破壊力に、髪に顔をうずめてしまう。ランガは俺との気持ちいいことが大好きなんだ。……当然、俺も同じだ。

「俺も暦も女の子は最初で最後になるんだから、好きなことなんでもしていいよ。何もつけなくていい。でも戻ったらまたいっぱいして。いつもの俺が一番ってわからせるから」

そろそろ勘弁してくれねーかな。ランガが好きすぎて爆発しそうだ。

「……そこまで言われて、大人しくしてられるわけ、ねーだろ」

ランガが脚を絡めてくる。手は俺の髪をもてあそんでいる。目を合わせる。いつもと同じ、俺に食われたいって目をしてる。その海の中に、余裕のない俺が写っている。
甘く名前を呼ばれる。欲のままに、やわらかいそこに嚙みついた。