――噎せ返りそうなくらいの、
「今日はどうする?」
「先週通ったところの反対側の道行ってみたい、白っぽい桜咲いてた方」
「おっしゃ!」
時は巡り、俺たちが出逢った春がまたやってきた。あいも変わらずスケートに明け暮れ、拳を合わせて笑い合う。俺の毎日の中にあいつとスケートがあって、あいつの生活の中にスケートと俺がある。それって、すっげーサイコーじゃね?
ランガの言う方のコースに向かうまでにも、いくつもの桜を通り過ぎる。俺の育ったこの街は花が多い。移り変わっていく季節ごとの景色をスケートで巡るのが、ランガはとても好きみたいだ。去年、ランガがまともに滑れるようになるころには桜の季節は終わってたから、ここ最近はいろんなところの桜を追いかけた。けれど。
「だいぶ緑になってきてるな」
ランガの言うところの「白っぽい桜」は、花が終わり、葉の割合が増えている。桜は儚い。どんなに満開でも、雨でも降ったらすぐに花びらが落ちてしまう。
「そっか……」
しょもん、なんて聞こえそうな顔でランガは俯く。まぁ、花は毎年咲くんだしさ。肩を叩いた俺の手に、反応して顔を上げようとしたランガが何かに気付いたようにスピードを緩める。ランガを追いかけてボードを止める。
「ランガ?どうした?」
「Madonna lily……!」
道端の民家の庭先、ボードを降りてしゃがみこんだランガの視線の先には、白い百合の花。これもこの街で季節を告げるもののひとつだ。
「テッポウユリか。もう四月も後半だもんな、これもそこらじゅうに咲き始めるよ。あっちの公園とか……っつか今なんつった?」
「マドンナリリー。真っ白な百合のことだよ。イースターに飾るシンボルなんだ。聖母マリアの純潔の象徴」
イースターっていうと、なんだっけ、たまご探すやつか。妹のたまごに絵を描いてやったことがある気がする。
隣に屈んでランガを見る。楽しそうだ。この街の欠片を見付けるのが嬉しいって、前言ってたっけ。今もそう思ってんのかな。海を溶かした瞳を細めて、真っ白な花に触れるランガは、とても、
――百合の花の匂いが、強く残った。
***
それから色々なところに、百合の匂いは追ってきた。
トリックを決めたあいつが俺を見て笑ったとき。授業中居眠りしてる時にあてられて的外れな答えをしたとき。屋上で風に吹かれて髪がなびく横顔を見たとき。頭を突き合わせて同じ画面を覗き込むキラキラした瞳に気付いたとき。俺の家で俺の家族と食べる夕飯が美味しいって体中で言ってるとき。
―俺の生まれた街の景色を、俺と一緒に感じたいって、言ってくれたとき。
花なんか咲いてない、どんな場所でも、容赦なくそれは襲ってきた。
俺は気が付いていなかった。それが起こるのが、ランガと一緒にいるときとか、ランガのことを考えてるときだけだってことに。
***
突然の雨だった。夏の台風ほどじゃなくても、春にも雷雨はやってくる。それも備える暇もなく急にだ。
いつもより遠出してみようと訪れた通りには土地勘がなくて、雨雲で暗くなればなおさらだ。滑るには激しすぎる雨から逃げるようにボードを抱えてやみくもに走って、なんとか雨風をしのげそうな場所を見付ける。公園の端の小さなあずまやだ。
「はーー……ランガ、大丈夫か?」
「なんとか……デッキ結構傷んできてる気がする」
「自然には敵わねぇもんなぁ……とりあえず見せてみろよ」
狭い屋根の下の小さいベンチに身を寄せ合って、相棒のボードを受け取る。耳を下げた犬みたいなしょんぼりした顔をしてる気がして、元気付けてやりたくて顔を上げる。そのとき、初めて気付いた。
あずまやのまわりじゅうに、たくさんの百合が咲いている。暗い中に浮かびあがった白は、純潔の意味を持つはずの花は、すごく幻想的で――同時にどこか、妖しくて。
「……暦?」
ボードに向けてうつむいたまま、視線だけでランガが俺を見る。濡れた髪、濡れた肌、睫毛、唇。百合の中のランガはそれごと一枚の絵みたいだ。百合に似て白いランガは暗がりの中でいっそう光っているように見えて、俺はランガから目が離せない。
「暦、」
白い頬はずっと走り回ってたせいでほんの少し上気していて、息があがっていて、俺の名前を呼ぶその声すら、どこか湿度を帯びていて。
――百合の花の、強い匂いがする。咲き乱れる花の匂いは、雨に濡れて余計にかぐわしさを増している。
「……暦」
間近に迫った青の深さと、そこに写った自分の表情を知る。
俺は、