もぴ誕2022①

満開partyの感想文くあざフィルター越しって感じの短文
たぶん両片想い

ずっと、憧れてることがあるんだ。

***

「なぁ」

背中に聞こえた莇の声に、オレは振り返った。
バースデーVLOGを撮ったあと、オレたちは一緒に寮までの道を歩いていた。
こうやって莇と帰るのは久しぶりな気がする。オレにも莇にもそれぞれの都合もあるし、いつも一緒に帰ってるわけじゃない。だけど、屋上で「今この瞬間にしかいないオレ」「最後の一年」なんて話をして、莇も何か感じてくれたのかもしれない。莇はいつもみたいにオレの隣じゃなくて、言葉少なにオレの少し後ろを歩いていた。

「なに?」

返事をする。莇はためらうみたいに、爪先を見て口を閉じている。
寮までの道は、地平線に近付いた夕日に染まっている。濃いオレンジ色を背負った莇の表情は、暗くなり始めた夏空の下ではよく見えない。

「なに、あざみ」

もう一度、普段より穏やかに促す。身体の横に落とした両手が、きゅっと握られたのがわかった。おまえさ、莇が唇を開く。

「俺でよかったの」

莇の声は、静かにそう問いかけてきた。
バースデーVLOGのことを言ってるんだってわかった。オレは何も思ってないふうに、なんでそんなこと聞くの?と首を傾げてみせる。少しだけ上げられてオレを見た視線は鋭いようにも揺れているようにも見える。

「……『今この瞬間にしかいない、十代の』お前なんだろ。撮るのが俺で、つーか写ってほんとによかったのかよ」
「そんなの当たり前じゃん」

莇の声に被せる勢いで言えば、拍子抜けたみたいに開かれた緑色がオレを見る。驚いたときに開きっぱなしになる口がかわいい。だってさ、と前置いて、オレは話し始める。

「『夏組の兵頭九門』とか『兵頭十座の弟の兵頭九門』とかはずっと変わらないけど、『今この瞬間にしかいない、十代の』オレは、『つく高生の兵頭九門』だけだから。だったら、同じつく高生の莇に撮ってもらうのが一番だろ」

カンパニーの企画でファン向けってことなら尚更。そう言うと、莇は開いていた目を穏やかに伏せて、小さく落とす。

「……そうかよ」

莇は早足に歩き出して、あっという間にオレを追い抜いていく。オレは半歩前の後ろ姿に言う。

「つく高で一緒なのが莇だったから、ってだけの理由じゃないよ」

オレの言葉は都合がよかったから、って聞こえたかもしれない。例えば莇以外にも同じ学校に通ってる劇団員がいたら。莇が他の学校だったら。オレは誰に頼んでたかわからない。きっと、莇はそう思ったはずだ。
でも、莇がつく高に来てくれて、今の『つく高生のオレ』は、莇が一緒にいるのが当たり前になった。一緒の学校に通う前から仲がいい、かっこよくて一緒にいて楽しい莇だから高校でも一緒に過ごしたいって思ったし、卒業までもそうしたいって思ってる。だから。

「莇がよかった。莇といるオレを、莇に撮ってもらうオレを、いちばん『今のオレ』って言いたかった」

オレの前を行く足が止まった。止まって――それまで以上の速さで、ほとんど競歩みたいに歩いて行ってしまう。そんな莇を見て、オレは耐えきれなくなって口を押さえた。声が出そうだったからじゃない、口の端が上がるのがわかったからだ。

俺でよかったの、って言う声は、どこか不安な気がした。そうかよ、って落とした音は、ほんの少し震えていた。一度止まってから歩き出す瞬間に見えた横顔は、きっと夕焼けだけじゃなく染まっていた。
まるで、そう、「莇がよかった」って言われたかったみたいだ。

「……ほんっと、敵わないよなぁ」

いつもクールで、馴染みのない人にはそっけないと思われがちな莇の、急に素直になるところとか。ほら、今だって少し先で追ってこないオレを気にして立ち止まってくれてる、そういうところが。

「めちゃくちゃかわいい」

自分の口元だけでそう零して、オレは莇に向かって走り出す。やっと動き出したオレを確認したのか、前を向いた莇が歩き出す。その歩幅は、いつもよりゆっくりで。オレが追いつけるようにだって思うのは、きっと自惚れじゃない。

そんな莇が、オレに対してかわいい莇が見たくて、意地悪になっちゃってごめんね。もうちょっとの間だけだから、許してほしい。
だって、今だけだ。努力家で度胸も根性も才能もある莇は、近い将来、夢を叶える。きっとこれからどんどん羽撃いていく。もしかしたら、オレの手なんか届かないくらい先まで。
そんな莇をオレが一番近くから見ていられるのは、たぶんこの一年間が最初で最後だ。
だから、悔いのないように過ごしたい。今しかないオレの隣には、今しかない莇がいてほしい。もっと、もっとたくさん。

「――莇!」

隣にいたい人の元へ、オレは走り出した。