買い出し帰り・後部座席で【ひだまりのぼくら】

 車の揺れに身を任せながら、窓の外を流れていく景色を眺める。青い空は高くて、すっかりオレたちの季節だ。外から入ってくる空気は生温い。オレが開けた窓は運転席から閉められて、エアコンが動き始める音がする。まぁ、インチキエリートじゃ仕方ないか。
 ポケットに入れていたスマホが震える。見れば一成からのメッセージで、これからインステライブをやるという知らせだった。インステの方は数が多くて通知を切ってることを知ってるからか、時々わざわざ夏組LIMEに送ってくることがある。
 もう一度窓の外を眺める。ここからなら、まだ寮までは距離がある。せっかくだから観てやるか。オレは運転席に声を掛ける。

「ねぇ、今から配信見るから話しかけられても反応しないかも」

 至はミラー越しにオレを見て頷く。

「おk。てか誰の何見るの」
「一成。なんかお悩み相談するって」
「へー、そんなことやってんだ。スピーカーにしてよ、俺も聞きたい」

 まぁ、オレの買い出しの足になってもらってるんだし、それくらい聞いてあげてもいいか。付けようとしていたイヤホンを外して、スピーカーの音量を上げる。メッセージのリンクを開くと、金髪とオレンジと赤と派手な色彩が三人分現れた。

『ってわけでー、今日は二人と一緒にお悩み相談に答えていきたいと思いまっす!』
『よろしくな』
『よろしくッスー!!』

 事前にフォームから募集していたお悩みをくじにして、引いたものに答えていくらしい。画面の中ではジャーン!と口で言いながら両手を広げた一成の横、太一がバラエティー番組で見るような穴の開いた箱を抱えている。

『わざわざ印刷したのか……こんなに紙使って左京さんに怒られないか?』
『このあとでオレがラフスケッチに使うから大丈夫☆ほら、テンテン引いちゃって~』

 天馬が引いた一枚を太一に渡す。太一が広げるのを天馬と一成が両側から覗き込む。広げたそれ両手で持った太一が読み上げる。

『えーっと……投稿をくれたのは、邪王ネメシスさん!』
「ネメシスかぁ、センスあるじゃん」
「こんなの褒めるのアンタと九門くらいでしょ…」
『「僕には、大好きな子がいます」……恋愛相談ッスね!?』
『ヒューーーー!!!!』

「うるっさ」

 ワンワンコンビが囃し立てる。いいから読め、と言うポンコツに促されて、ワクワクした様子の馬鹿犬が続ける。

『「僕には大好きな子がいます。かっこよくて綺麗で、めちゃくちゃ可愛い子です。
 告白とかは考えてませんでした。友達としては多分一番か二番のなのが心地よかったし、その子には自分が誰かと恋人になる、って発想がなさそうだったからです」』

 天馬は腕を組んで頷いている。対する一成は、さっきまで囃し立ててたとは思えない変な顔をしていた。

『「でも日に日に好きになるばっかりで、この前思わず「好き」って口に出してしまいました。
自分が言ってしまったことに混乱して、友達として、って誤魔化してしまいました。好きって言ってから変に間が空いちゃったのと、怖くなってその子の反応を見られなかったことを後悔しています」……ウワァーーーーー……』
『おい太一、続き』
『う、うん。……「誤魔化せたと思ってたのは僕だけで、友達だと思ってた僕に突然そんなこと言われてその子を傷付けていたらと思うと怖くて仕方ないし、思わず「好き」って言ってしまうほどの気持ちをこれから抑え込める自信がなくなってきています。僕はこれからその子にどう接したらいいでしょうか」とのことッス……』

「……ねぇ」

 運転席から声がする。多くは言わない。だけど言いたいことはなんとなくわかる。

「さっき一成変な顔してた。こんなポップに答えられないやつ、抜いといたつもりだったんでしょ」

 それに、もしかしたら。
 そう話している間に、三人は答え始めていたみたい。画面を見つめ直す。

『その子が友達だと思ってくれてる気持ちを裏切ってしまったんじゃないかと思ってるわけだな。相手が傷付いてるかを考えられる、優しい人なんだな』
『でもでも、その子が固まっちゃった理由はわかんないッスよ!もしかしたらその子もネメシスさんのこと好きかもしれないじゃないッスか!』
『だとしたら、「友達として」って言われたことにショックを受けてるかもしれないな』
『ああー……そしたら俺なら友達のままでいようとしちゃうなぁ…その子がどう思ったかなんてわかんないよねぇ……』
『というか、そうじゃないだろ。相手は自分が恋愛するって発想がないってことだよな?オレも今は芝居に打ち込むって決めてるし、わからなくはないが……』
『エッ天チャンそうなんスか!?俺なら告られたら舞い上がっちゃうッスよ!?』

 ポンコツの言葉に馬鹿犬が声を上げる。うるさい。

『嬉しくないとは言ってないだろ。劇団とドラマとで忙しいことが多くて申し訳ないし、何かあったら迷惑もかけるからお付き合いって形はとりたくないってだけだ』
『あー……てゆーか天チャンの熱愛報道とかヤバそうー……』
『そうはならないって言ってるだろ……ネメシスさんも、困らせるのがわかってるから告白する気はなかったんだよな。思わず口に出ただけで』
『好きって言っちゃいそうになるのはちょっとわかるッス……』
『わかるのか……』
『俺だったら玉砕して改めてお友達になりたいかも……』
『おい相談者の前で滅多なこと言うな』

 普段モテたいってうるさいわりに、その辺りは繊細らしい。不意に、それまで動かなかった画面左側が動いた。一成だ。

『でも、たいっちゃんの言う通りかも』
『『え』』

 目を丸くしてハモる。表情だけ見たらちょっと面白い。

『また「思わず」言っちゃうかもって思うなら。そこが不安なら、その前にまっすぐ伝えるのがいいかもって、オレは思うな』

 最年長の言葉に、二人は少し考えてから頷く。

『……うん。その子が傷付いてたか知るのも、蒸し返しちゃうのも、改めて振られるかもしれないのも怖いと思う。でも、わだかまりなくして仲良くなれるとしたら、踏み出してみて欲しいッス。…なんか、勝手でごめんね』
『そうだな。……勝手ついでに悪いが、もしよければ、どうなったか教えてくれ。応援してる』
『……そんなに心配しないで。キミがそれでダメになる子じゃないって、オレは知ってるよ。……じゃ、次いこっか!』

 明るくまとめる直前の声は、多分、オレたちしか知らない色をしていた。

「……」
「……」

 最初は独り言を落としていた至も、途中から何も言わなくなった。こっちを気遣うみたいに見てくるミラー越しの視線がうるさくて、息を吐き出して言葉にする。

「…あのポンコツと馬鹿犬がちゃんとこういう相談乗れると思わなかった」
「はは。まぁ、色々あったでしょ、あの二人も」
「ん」

 らしくない反応になった自覚はあった。そんなオレに、運転席はめざとくも食いついてくる。

「……どしたの、お兄ちゃんに話してごらん」
「調子のんな、インチキエリート」

 軽口風なのがまた悔しい。

「……オレから見てて、あの二人はうまくいくって思ってたから。そうじゃなかったら嫌だと思っただけ」

 実らないなんて、考えたこともなかった。あの二人が気を遣うのも、優しいのも。人間の気持ちがそんなに単純じゃないのも、身をもって知ってたのに。

「……そうだね。それは俺も同意。一成も言ってたけど大丈夫でしょ、二人ともいい子だから」
「知ってる」

 だから、勇気を出せればいい。頭に描く、笑い合う二人が現実になるいつかを願って、オレは窓ガラスに頭を預けた。