「あとこれな。ダメージ少ないって売り出してるやつ。こっちも一応貰ってきたけど、香りが限定なだけで効果は普通に売ってるのと同じらしい」
買い過ぎたけど合わなかったと姉に押し付けられたスクラブを浴槽の縁に並べる。立ち上る薄い湯気ごしに見た妹分の顔は、いつもスキンケア用品を見る興味津々な表情とは程遠いものだった。
「ん……」
ここのところの心ここにあらずな様子が気になって、興味ありそうなもんを見せてみたが、それも効果がないらしい。ここはもうちょっと突っ込んでみるか。そのために誰もいない場所――風呂場に連れ込んだんだし。
「――なんかあったんだろ。九門と」
名前を出してやれば、見開かれたエメラルドが弾かれたみたいにこっちを見る。なんで驚くんだよ、わかるに決まってんだろ。
ずいぶんと長い間もどかしく思い合ってた二人が「お付き合い」を始めたと告げられたのが二ヶ月前のこと。それ以来、デートと名の付いた二人だけの外出だとか、手を繋いだだとか、順調に仲を深めているらしい。らしい、というのは、こいつの恋人が兄貴に報告するのが聞こえてしまっただけで、直接聞いたわけじゃないからだ。
「太一と一緒になって彼女欲しいって言ってたこともあったし、あいつも時々強引だからな。襲われたりとかしてねえよな?」
「してねえ!」
勢いよく放たれた言葉と一緒に動いた身体に、湯船の水面がぱしゃんと跳ねる。こっちを睨み付けて数秒、抱えた膝に顎を乗せた莇は、浸かりそうな唇で小さく落とす。
「…………そんなこと、されてなんて、ない……」
お、これは。
どこか熱っぽいその声は、ひとつの可能性を思わせる。襲われてないどころじゃない、むしろ手を出されないことを不安に思ってるんじゃないか。
可愛らしい悩みを微笑ましく思っていると、緑色が上目遣いにこっちを見る。合わせられた視線は落ちて、上から下まで全身を舐め回すみたいに巡って、それから胸元で止まる。
「……やっぱ、男ってそういう方が好きなのかな」
決して豊かとは言えない自分の胸に触れながらのつぶやきに、思わず吹き出したのは仕方なかったと思う。笑い続けてしまったのが癪に触ったのか、お湯を掛けられて、その幼さにも笑いが止まらなくなる。
だって、九門が莇とどうこうしたいと思わないんじゃないかとか、そういう心配なら杞憂にも程がある。莇は気付いていないのだ。九門がどれだけ、熱を持った瞳で自分を見つめているのか。
そうじゃなきゃ、冗談でだって襲われたかなんて聞いたりしない。
でもまぁ、確かに?我ながらそれなりに起伏のある、魅力的なプロポーションだという自覚はある。こいつが気になるって言うなら。
「……触ってみる?」
「え、」
湯船の中に投げ出された細い手首を掴んで、自分の胸に押し付ける。上から手のひらを重ねて、ぎゅむっと形が変わるくらいに揉ませれば、熱さに上気していた白い頬がさらに赤みを増した。
「……どうだよ?」
感想を促してやれば、初心な妹分は視線をさまよわせた末に言う。
「……なんか……ドキドキする……」
率直な言葉に零れそうになった笑い声をなんとか抑えて、代わりにそうだろ、と口にする。
「同性のお前がドキドキするんだから、お前のこと好きな九門がお前に触って何も思わないわけないだろ。お前の方がわかってると思うけど、優しくてネガティブなヤツだ。お前を傷付けないように、お前に嫌われないように、あいつなりに考えてるに決まってる。……心配しなくても、九門はお前しか見えてねえよ」
そう言ったのを聞いて、どう思ったのか。莇はこっちの肩に頭を寄せてくる。瞬きと一緒に、長いまつげを水滴が落ちる。
「……九門が好きでいてくれてることくらい、わかってる……」
高校生でなんてまだ早い、そう思ってたけど。ちゃんと考えて、覚悟したから頷いたのに。九門になら、触れられたいのに。そう零す莇の、全部で「恋」する姿は、すごく綺麗で。
――ああもう、可愛いヤツ。
「……なら、お前から仕掛けてみればいいだろ」
小さいことでいい。服の裾でも引いてみたり、肩に寄りかかってみたり、もっと言えば手を握ったり、至近距離で見つめてから目を閉じたりしてみればいい。それで悪い反応じゃなければ、どういうつもりかぶつけれやればいい。
「抱きついたりキスしたり押し倒したりしてもいいんだけどな」
「そんなこと!!!!」
破廉恥だ、と続かなかったのは、触れられたいと言ってしまった手前だろうか。少しの沈黙のあと、腹を決めたのか小さく頷いた莇の頭を撫でる。やめろ、と手を跳ね除ける生意気ささえ可愛い。
でも、本当にそうなった日には、あのブラコンに一発入れてやるから。そうは言わずに、すっかり真っ赤になってしまった末っ子を抱き寄せた。
「つーか万里さん、スクラブの話すんなら湯船入る前じゃね?」
「……調子戻ってきたじゃん」