Because I love you(+)-As it is-

Becaue I love you

 アスリートとしては当然普段から食事には気を遣って糖質脂質が多いものは取らないようにしてるけど、大きな試合のない時には時々ハメを外す事もあるし、メディアの取材やスポンサーとの食事では僕の方からおすすめのレストランなんかを指定する事もある。地元出身の国会議員や書道家の先生もご贔屓という触れ込みで紹介したイタリア料理店は、僕自身もプライベートで十年近く前からよく訪れている。もっとも、その頃は接待に使うんじゃなくて、夕方のディナーの仕込み時に押し掛けるのが主だったのだけれど。

 ご婦人方にも人気な店の店内は普段は落ち着いた装飾と花で統一されているけれど、それが崩れるのが店主がプライベートの友人を集めてパーティーなんかをする時だ。表向きはシェフとして名をはせる一方、アンダーグラウンドな趣味の仲間だけが訪れる場は、招待客たちの手で好きなようにされる事が多い。普段飾られるとは雰囲気が違う花とか、微妙にセンスがないゆるいキャラクターの 絵とか。中でも特に目立つのは――ほら、今もある。達筆に大きく描かれた書道作品。今日のそれには「知念実也選手 祝 五輪金メダル」の文字が躍っている。
 ――そう、僕の祝勝会だ。

 何種類もの大皿のパスタ、ピザ。サラダや肉料理、魚料理。赤白ワインに何故か日本酒・焼酎まで。イタリアン以外にもとにかく色々な料理が並んだテーブルは、言うなれば『騒がしい』の一言だった。

「食ってるか~知念選手~ほらこれお前好きだったろ」

 僕の首に腕を回して絡んでくる赤毛は今日は顔までいつもより少し赤い。酔ってるんだろうか。かなりのザルだって聞いてた気がするけど。

「……ってなんで塩焼き……?さすがにイタリア料理店にはそぐわなすぎない?しかもタッパーって」
「俺が作って持ってきた」

 だろうね。
 それでも、まぁ。出逢った時には中学生だった僕も、成人して数年が経つ。そんな長い付き合いでも、一緒に食事をしたのはファストフードかこの店がほとんどだ。なのに焼き魚が好きなのを知ってるのは、多分選手としてのインタビューを見た事があるからで。

「……悪い気はしない、かな」
「なんか言ったか?」
「なんでも」
「そうか?それにしても、立派になったよな~~メダル獲っちまうんだからさ~」

 なおも絡んでくる。わしゃわしゃと頭を撫でられる。少しだけなら許してあげないでもなかったけど、ずっと続けられるとさすがにうざくなってくる。

「子供じゃないんだからやめて。ていうか何それ。出逢う前から代表選手だっただろ」
「そうだけど本当にこんな成績残すようになるなんてさ。中坊の頃から知ってるダチが活躍すんの嬉しいんだよ」

 僕の頭をかきまわした手が離れる。一瞬、きらりときらめくもの。

「そんな事言うならお前だって。まさか知ってるヤツがデッキブランドやるようになるとは思わなかったぜ」

 そう言うのはこの店の店主だ。厨房からの声に、一人ワインを傾けていたチェリーも頷く。そうだ、このスライムはそういう事もしだしたのだ。
 最初に売り出したのが、いつも着ていたギアみたいなキャラクターのアパレル。そこからスケート用品の取り扱いを始めて、先月ついにデッキを発売した。昔からの海外ブランドのデッキを使っうスケーターがほとんどだけど、トレンドに敏感な界隈だ、話題に乗りたいスケーターは少なくない。ちょっと有名な地元のスケーターが出したとなれば、手に入れたかった人は多かったんじゃないかと思う。

「うまくいってるようで何よりだ。諸々面倒見てやったしな?」
「その節は色々世話になりました師匠」
「まったくだ。忘れてないだろうな?」
「はい」

 レストラン経営のジョーも、作家業のチェリーも自営と言えば自営だ。店を立ち上げるにあたって協力して貰ったのかもしれない。忘れてないだろうな、はなんだろう。借金だろうか。結構がめつそうだけど、なんだかんだチェリーは誰より少年だし、暦を気に入ってるところもあるし、結構甘いのかもしれない。

「暦!これ!」

 ジョーと一緒に厨房から出てきたランガは、両手にホールケーキを持っている。片方に乗ったプレートには僕のメダルを祝う言葉、もう片方には暦のブランド立ち上げと、誕生日祝い。そういえば暦は八月八日が誕生日だった。八月終盤、少し遅めのパーティーにはちょうどいい。

「こっちはシャドウな。来月だったろ」
「ホール三つとか正気?今日のメンツ半分アラフォーなんだけど」
「俺はまだ四捨五入したら三十だよ!」

 叫ぶ声を聞き流して、ケーキを切り分けるジョーと暦の隣で皿を準備する。大きめに切って貰ったピースを受け取るランガは嬉しそうだ。その指に光る、さっき別の場所で見たのと同じもの。
 多分、みんな気付いている。だけど、僕の歳ではこういう経験は初めてだから、こっちから言っていいのかわからないから、大人がどうするのか様子を見てるつもりだた。みんな知ってるはずなんだ。だって。
 ――その時だった。派手な音を立てて店のエントランスの扉が開く。流れてくる情熱的なクラシック。扉から広がってくるレッドカーペット。なんだろう、嫌だ。ものすごく覚えがある。
 ケーキを貪るランガがカーペットの先に立たされている。さすがかつてのパパとママ、被害を最小限にするための見事な連携だ。シャドウは暦を押さえつけている。なんで変な時だけすごい阿吽の呼吸なんだろう。
 瞬間、ランガの眼前に差し出される、色とりどりの花束。いつかのような真っ赤な薔薇ではない。あとでシャドウに聞いたら、失恋とか絶望とかそういう花言葉ばかりで作られていたらしい。花束を差し出した仮面の男は、芝居がかった仕草で語る。

「――ああ、哀しいな、君の目は僕の愛を映していないのかな。僕以外の人間と添い遂げると決めるなんて――いいさ。もう一度、本当の君に出逢える日を待っているよ」
「うん、ありがとう。今度またビーフしようね」

 ランガは当たり前みたいに花束を受け取っている。愛抱夢もそれで満足はしているらしい。これも何年も見慣れてしまった光景だけど、この二人の関係ってなんだろう。

「それでは諸君、また会おう!」

 愛抱夢はランガ以外の誰に目をくれるでもなく、後ろ向きにスケートを滑らせて店から去っていった。

「……あの人パパとママと同年代だよね?まだああいうことしてるの?」
「それは俺たちにも刺さるからやめろ。あとパパママ言うな」
「つーか人の店にドアも開いたままカーペットもそのままか…?」

 そう思っていた矢先だった。クラシックが流れ続けるレッドカーペットに、スーツの男が歩いてくる。僕は知っている。国会議員秘書だ。
 彼はまっすぐに暦とランガの方へ歩いていく。シャドウの拘束から解放されて息を荒げている暦、それに大丈夫?と声を掛けて花束どうすんだよって返している暦。そんな二人の眼前に、スーツの秘書はいきなり封筒を突き付けた。

「あ、あんた……いきなりなんだよ」
「結婚おめでとう」

 僕たちが言えていなかった事を、この男はストレートに言い放った。

「封筒は愛抱夢から、こっちの箱はクレイジーロックの連中からだ。あとで開けてやってくれ」

 秘書は箱を渡すと役目を終えたとばかりに頷いて、カーペットを巻きながらあとずさる。ドアのところで一例してからドアを閉めて去っていく。……なんだろう、主従揃って嵐みたいな人たちだな。

「クレイジーロックの連中から……?」
  なんだろう、呟いた暦が箱を開ける。こんなにも怪しいものを躊躇いなく開けるのか。危機感ないのか。止める間もなく扉が開かれる。
 ぱぁん。クラッカーを引いたみたいな破裂音、くすだまが弾けたみたいな紙吹雪。『結婚おめでとう』大きい幕と、小さい短冊みたいな個人個人の寄せ書きみたいなのにもやっとか、みたいな言葉が並んでいる。どういう仕掛けだったのか、デスメタルらしき音楽を流す小型の機械も転がっている。結婚祝いにデスメタ?

「……ふふっ」

 笑い出したのはランガだった。長い付き合いでもほとんど聞いた事がない大爆笑のランガに、暦の笑う声が重なる。そこからはもう、僕たちはみんなして笑うしかなかった。
 つい何日か前。スケート動画とかを上げてるのとは別の、二人の個人名義の日常アカウント。そこにアップされた揃いの写真は、青空をバックに、薬指に同じ指輪をはめた、二人の左手の写真だった。

「地元の昔からのイカれたバカップルが世界にも見せつけはじめやがった、って感じにちょっと盛り上がってたよな」
「高校の頃付き合ってなかったけど!?」
「どの面下げて言うんだ。どれだけ二人の世界作ってたと思ってる」
「俺はその頃から恋人だと思ってたよ?」
「おいこの箱アダルトグッズ出てきやがったぞ」
「新婚へのプレゼントなんてそんなもんだろ」
「暦これよりサイズあるよね」
「いいからお前黙っとけ」
「ここまでして貰ったらお礼のひとつでもしてあげなきゃじゃない?動画録るくらいならしてあげるよ?」
「カップルアカウントみたいな恥ずかしいヤツ一発言っとけよ」
「……好き勝手いいやがって」」

 その日、二人名義のアカウントに上げられた短い動画に、S界隈はおおいに沸いたとかなんとか。