「お前、進路ってなんか考えてんの?」
暦にそう問われたのは、高校三年の夏、暦の部屋での事だった。
あと何日かで夏休み。肩の触れる距離で暦のベッドに寄りかかって、学校帰りに買ってきたスケート雑誌をめくりながら、何をしよう、一緒にどこへ行こう、なんて話をしていた時。急に降ってわいた、今まであんまり話題にしていなかった未来の話。
「……すぐ勤めようかと思ってたんだけど。母さんが大学でも専門でも短大でも出ておきなさいっていうから、考えてる」
でもやっぱりあんまり学費高くないところ……できれば公立で、就職に繋がる資格とれるところがいい。沖縄に来てすぐにバイトを探してたのも、母さんを助けたかったからだし。少しずつだけど考えていた事をそのまま話せば、だよなあ、と暦は俺の肩に頭を落としてきた。
「重いよ暦……暦は?」
んー、と少し考えるような素振り。肩に置かれた赤い頭に俺の頭を擦り付ける。髪が混じるのを見るのが、俺は結構好きだった。
「……今まで夢物語だったけど、やっぱスケート仕事にしたいって思うんだよな」
歌うみたいに、暦は話し出す。
「でもこの辺だとドープで十分だろ?今は俺もお前もバイトだから置いて貰えてるけど、元々岡店長一人で回ってたんだ、もっと金掛かる社員にしてくれなんて無理だし」
モールに入ってるような全国チェーンの店員って手も考えたけど。どうせなら、もっといろいろできるところがいい。
「ショップじゃなくても、作るのとかデザインとかスクール講師とか、独学でやってた事は人よりは出来んじゃねーかと思うんだよな」
とはいえ所詮独学だから、仕事にできるレベルには足りねーだろうけど。暦はそう言うけど、全部俺にくれたものだ。そんなことない、暦ならできる。その想いを込めて、重なったままの頭を擦り付ける。じゃれるな、なんて暦が笑う。
「……だからさ、修行も兼ねて、スケート人口多いとこのショップに潜り込みたいなって思ってて。何年か単位で期間決めて、その間になんとかならなきゃ実家で堅実に生きるための仕事探すかな」
ちょっとだけなら貯金もしてあるし。暦が落としたそのプランは、俺にとっては途方もないものだった。だって。
「……沖縄離れるってこと?」
「もしかしたら、な」
暦からははっきりしない、でも肯定寄りの答えが返ってくる。
「岡店長に紹介して貰えるかもしれないんだ。東京に知り合いのショップあんだって。もちろん、タダじゃない?なんつーか、面接?とか試験?みたいなのあるみたいなんだけど」
「……初めて聞いた」
俺はどんな声をしていただろう。暦が一人でそんな事を考えてたなんて知らなかった。
「まだ本決まりじゃねえし……だから今言ったろ」
「ずっと一緒に滑るって言ったのに」
俺たちは子供だ。俺たちの知ってる世界は、多分自分で思ってる以上に狭い。暦といつか離れるかもしれない。ずっと一緒にいられるかなんてわからない。だけど、その『いつか』がこんなに早く来るなんて思わなかった。
目の前が、世界が、灰色がかっていくような気がする。
暦はどう思ってるんだろう。顔を見るのが怖い。暦の頭から離れようとした俺の頭は、ぐっと暦の手に引き寄せられた。
「……じゃあお前も、県外の進学視野に入れれば」
「え?」
想像もしてなかった言葉に、暦の方を見てしまう。今度は暦がそっぽを向いている。視線が合わない。
「Sはクレイジーロックでしかできないし、めちゃくちゃ興奮するけどさ。スケートってそれだけじゃないだろ。東京とか、LAとか、スケートやってる奴がたくさんいる場所はいくらでもある。見た事もないスゲーヤツに出逢えたり、思いつかないような刺激貰えるかもしれないだろ」
スケートは無限なんだから。
鼓動が高鳴る。目の前の暦から、きらきらが広がっていく。灰色がかっていた世界が、明るくなっていく。
「……それって、暦と東京でスケートするってこと?」
俺が口にしても、暦は目を合わせてくれない。例えばの話な、なんて紡ぐだけだ。
「おふくろさんに楽させたいなら家出るの、まして沖縄離れるのは難しいかもだけど……お前の勉強したい学科もあるだろうから、選択肢のひとつとして」
「行きたい」
「へ」
考えるより先に、口から出ていた。
「暦と東京に住みたいって、母さんに相談してみる」
「そこまで言ってねえんだけど」
暦はやっと俺の方を見る。すごく驚いたような、動揺してるみたいな。
「違うの?暦と一緒に暮らしてスケートするの、すごく楽しいと思う。幸せだと思う」
「俺もそうだけど……だって、大事な事だぞ?人生の分岐点、っつーの?それを俺で決めちまったら駄目だろ」
それに、なんか、結婚するみたいな言い方やめろよ。赤い顔でもごもご言った暦の声はよく聞こえなかったけれど。
「暦が言ったのに」
「選択肢のひとつって言ったの」
もっとちゃんと考えろよ。暦がそう言うから、素直な振りしてわかった、って返事したけど。俺の中では答えは決まってた。
暦の言った『俺もそうだけど』、理由なんてそれだけでじゅうぶんで、他の選択肢なんて、その時点でなくなってたんだ。
だって、俺の幸せは、