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年が明けて冬休みの最終日である祝日の月曜日、莇は戦場にいた。日が昇る前から始まり天の頂上を過ぎる頃までその戦場は存在した。入れ替わり立ち替わり訪れる総計数百人の若い女性たち、彼女たちは一生に一度の晴れ舞台を綺麗な自分で過ごすためにやってくる。そんな彼女たちにベースメイクを施してプロの先輩たちの元へ送り出すのがバイトである莇の仕事だった。年始の祝日、成人式その日である。
技術的に言えば、きっと莇にもフィニッシュまでのメイクは可能だった。そうは言ってもやはり着物の女性に合わせたメイクに限れば経験はあまりなかったし、基本的に事前に本人と打ち合わせてプランを立てている人がいる。そんな諸々の事情のもと、新人バイトの莇の役目は現場の雰囲気を掴みながらのアシスタントということになった。
もちろんアシスタントと言えども早朝から六時間、目の回るような現場をこなせば疲れるに決まっている。成人式ラッシュの三連休の最終日に入ったシフトを終えた莇は、莇は無人になった鏡台の椅子に座り込んでいた。ずっと立ち仕事をしていてやっと腰を落ち着けて息をつく莇に、何人ものヘアメイクが声を掛けてくる。
「泉田くん、お疲れ様。手際良くて助かった」
「まだバイト始めて一ヶ月なんだって?すごい手慣れててとてもそうは見えなかったよ」
「ねぇ、どこで覚えたの?」
「え、えっと」
今回莇はスタジオと系列のレンタル店がホテルの広間を借りた大型のヘアメイク・着付け会場の片隅で仕事をしていた。だから普段通っている店舗以外の店舗からもたくさんのヘアメイクが集まっていたし、フリーで活動している人もヘルプに呼んでいるらしい。若いバイトの物珍しさにか興味津々らしい。年上の中に混じるのは会でも劇団でも慣れているが、こうも環境が違うと戸惑ってしまう。
「あんまり怖がらせないの。彼、劇団に所属してて、舞台のメイクを手掛けてるんだって。何年もほぼ一人でプラン立ててて、そっちの経験は豊富みたいよ」
「「へーー」」
バイト先の店長が助け舟を出してくれる。とりあえずの答えが提供されて波のような勢いが収まり、莇はこっそり安堵した。そんな中、そういえば、という声が飛んでくる。ヘルプに来たというフリーの女性だ。
「劇団所属ってもしかして、私の友だちが言ってた子かな。前に天美のファッションショーでスカウトしたっていう」
名前を聞けば、確かに名刺をくれたフリーのヘアメイクの男性と一致する。頷けば、やっぱり、と楽しそうに彼女は笑う。
「あいつ振られたって言ってたけど、今はスタジオでバイトしてるんだ?なんで?もし将来広いプロになるつもりなら、フリーの方が色々面白い経験できると思うけど」
「それは……まぁ、学校も劇団もあるんで。場所とか時間はっきりしてる方が都合良かったから」
相手に合わせて飛び回るより、決まった場所にシフトとして入れる方が稽古との調整もしやすかった。フリーに付くバイトもやってできなくはないだろうけれど、公演と重なったりしたらどうしても難しいことはあるだろうから。
「なるほど。舞台メイクとかここでできるブライダルとか振袖とかのメイクとか色々試して将来考えてるってことか」
――すぐに返事ができなかった。黙ってしまった莇を訝しんだ彼女に再度声を掛けられてはっとして慌てて答える。
「……まぁ、そんな感じっす」
確かに、莇のことを紹介してくれた店長は「劇団に所属してる」としか言わなかったから、どんな風に所属しているかはどうにでも捉えられたかもしれない。だけど、劇団には脚本家も衣装制作もフォトグラファーもデザイナー演出助手も、もっと言えば会社員も映像俳優も詩人も飲食店経営者も、ヤクザの経理に国際芸術文化大臣までいたし、それが当たり前だと思っていた。
役者とメイクの兼任は一般的ではないのだと、莇はその時久しぶりに思い出した。
「……で?」
早朝からのバイトの後、寮に帰った莇は早々に自分の所属する組のリーダーに捕まっていた。バルコニーのテーブルに就かされ、大人しく話すまで開放してくれそうにない。曰く、様子がおかしいと。
「……朝早くからすげー忙しく仕事してきたから疲れただけだって。寝かせろ」
「嘘つけ」
「……」
さっさと言え。肘をついて見つめてくる万里を前にうなだれる。この人も忙しいはずなのに、どうして放っておいてくれないのか。ああもう、しゃあねえ。莇はテーブルに突っ伏したまま口を開く。
「……今日、バイト行ったのいつもんとこじゃなくてさ。初対面の人もいっぱいいたんだよ」
ちろり、視線だけ向けて万里を見る。聞いてる、という風に頷いて顎で続けろと示されて、再び視線をテーブルに落とす。
「そんで、劇団にいるって説明するときに……兼任って普通じゃねーんだって思い知ったっつーか」
「あー……」
聡い兄貴分はそれだけでおおよその事情を察したらしい。つまり、将来どんな道を選ぶかということだ。かつて、今はUMCと名乗る劇団のデザイナーも悩んだように。
「……なぁ万里さん、俺、芝居すんの好きだよ」
そう莇が落とすと、万里はテーブルに身を寄せてくる。真剣に聞いてくれようとする気配に、莇は続ける。
「ここ入ったのは成り行きっつーか、親父への反抗だったし、最初に芝居に本気になったのは左京に勝ちたいからだった。だけど主演も準主演も何回かやって、できることもやりたい表現も増えて、試行錯誤すんの楽しいって思う。千秋楽のたびに終わりたくねーって思うし、新しい役をもらうたびにわくわくする」
そう、芝居は面白い。面白いからこそ、だ。
「メイクの仕事したいのはガキの頃からの夢だし、親父にも宣言したみたいに頂点目指すつもりだ。だけど、だからって、芝居辞める気なんか全然なかった。……だけど、実際プロの人ら何人もにそういう反応されて、柄にもなく日和ってんのかも」
ちょっと考えこんじまってるのは本当だけど、すぐ立ち直っから、気にしないで。目を見てそう告げた莇に返ってきた青紫は、
「……なぁ、莇」
莇が知らない色をしていた。
「初めて受け入れてくれたからとか、経験積ませてもらった恩返しできてねえとか、そんだけの理由で夢への近道蹴ってるなんつーなら、そんな情なんか捨てろよ」
思いがけない鋭さに、喉がヒュッとなるのがわかる。万里はあざみ野瞳を捉えたまま、そうだな、と一拍置いて話し出す。
「例えば……部活とかさ。全国優勝のために親元離れて強豪校の寮入って、遊ぶ暇もないくらい練習だけやってるヤツらもいるって言うだろ。……けど、高校でどんだけ人生捧げても、プロで生きてけるのなんてほんの一握りだ。乗り越えて、思い出にして、みんな生きてくんだよ。お前にとって演劇がそうなるかもってだけの話だろ」
身近にいる部活に精を出していた人間が思い浮かんだ。彼も競技自体はきっともうしないだろう。それでもかつてのチームメイトと仲良くしているし、プロの試合を見るときはうるさい。嫌いになったわけではないのだ。
「もしメイクに本腰入れるから辞めてえっつって、お前にとって演劇がそうなったって誰も責めねえ。両立しようにもメイクは絵とか脚本と違って現場で手動かさなきゃしょうがねえからな、その意味では難しいのかもしれねえ」
次いで突きつけられるのはシンプルな現実だ。それでも、莇にはこの場所で役者をやりながらもメイクのプロになる夢を叶える以外の未来を想像しにくいのだ。
「……それでもお前に違和感あるんなら、情以外にも芝居したいって感じてんなら、にここでなきゃダメだって感じてることがあるんじゃねえの」
俺みてーに。
最後に落とされたその言葉と、頭に乗せられた手のひらだけは優しくて。
そういうところが本当に敵わないと、莇は思うのだ。
***
「さっみーーーー!ここくんの久しぶりー!」
パンとコーヒー牛乳の入ったビニール袋を持ったまま伸びをした九門が言う。その後ろから扉をくぐった莇は、外の空気の冷たさに手のひらに向かって息を吐き出した。
「……で、何しに来たんだよ、こんなさみーのに」
鈍色がかった水色の空の下の九門に問う。誰もいない場所を走り回っていた九門は、莇の声に立ち止まり、まっすぐに莇を見つめて言う。
「莇と一緒にやりたいことがあったんだ」
ここで。
一月も半ばの屋上で、莇の好きな金色は、そう言って笑った。
今度の公演のためのエチュードに付き合って欲しい。九門は莇に手を差し伸べてそう言った。
「……っつっても、ウヌス公演もうすぐ始まんじゃん。役はもうできてるだろ」
今度の公演と言えばもちろん、ニヒルの祝祭スピンオフシリーズのウヌス国公演のことだった。初日を来週に控え、最近はアクションの精度を高めるための稽古を中心にやっていると聞く。今更役の掘り下げが大きい効果をもたらすとも思えない。
それでも九門は、莇に向けた手を引っ込めない。
「うん。でも、莇に一緒にやって欲しいんだ」
まっすぐな金色に見つめられて、やっぱりずるいな、と思う。そんな言い方をされたら、断ろうなんて思えない。
――まして、あと数日もしたら、こいつは毎日一緒に登校なんてしないのだ。この数日を逃したら、こいつが学校に来るのは三月の最後の一日だけ。そんな日にこんな場所で二人になんてなれっこないから、ほとんど今日が最後と同じだ。
「……わかった。付き合ってやる。役はマリウスとフェデリコでいいんだな。設定は」
「場所はクアトルの港近く。武術祭に招待されてたマリウスが裏取引の手がかりを見つけて、それを回収しに来たフェデリコを問い詰めるところから。できればちょっと戦いたいな」
思ったより詳細な設定が九門から出てきたことに驚くとともに、どこかで聞いたことがあるな、と思う。それを口にする前に、九門が踏み込んできた。おそらく剣だろう、持っているていの振りかぶられたそれを受け止めて後ずさる。体勢を整えて構える形をとると、刀と鞘に収めた九門――マリウスが口を開く。
『……悪どい商売で外貨を稼いでいるとは聞いていたけど。ちょっと趣味が悪いんじゃない?』
立てた指をひらひらと揺らす。手がかりの書類だろうか。それを見て、莇は思い出した。ニヒルの祝祭本公演の稽古をしているころ、二人で考えた「マリウスとフェデリコが出会っていたら」の話だ。あのときも昼休みに昼食を食べながら、ああでもないこうでもないと一緒に笑いあった。そんなに前のことではないはずなのに、どうしてだろう、すごく懐かしい。
それならば、確か続きは。一度まぶたを閉じて記憶を巡らせ、目を開くと同時に役に入る、相手の手の内にあるそれを認めて舌打ちを鳴らす。そうして、フェデリコにとって相当分が悪いと示す。
『綺麗事だけじゃ国は回らないって、知ってるだろ? お兄さんたちより頭は回るってことだし、理解してもらえると思ったけど』
兄たちを侮った挑発には乗ってくれるらしい。証拠の紙切れを襟元にしまってから、再び腰の長剣を抜く。それに応えるように、懐から抜いた短剣を防御の姿勢に持ってくる。
『……いいよ、君がそのつもりなら。力ずくで奪い取れるなら、返してあげる』
『武を重んじるウヌス国の王子相手に力ずく?それは分が悪い――なっ!』
両手に持った短剣を振りかざして踏み込む。手元が見えないフェデリコの服装は、マントの下にたくさんの武器や爆薬を隠し持っているからだというのが、あのころ話し合った設定だった。九門もそれを覚えていたのか、動きを変えた細かい手数もその都度長剣で捌く対応を見せるから、莇はその動きに下を巻いた。――こいつ、前に合わせたときより上手くなってんな。
じゃあ、もうちょっと複雑な絡みも行けるだろうか。挑発する気持ちで、九門の目を見る。莇の視線を捕まえた金色が楽しそうに細められる。――いいよ、もっと、どんどん来て!
――まるで、ダンスを踊ってるみたいだった。即興のはずなのに動きは噛み合って、次にどんな動きをしてくるかがわかる。言葉がなくても、どんな動きが来るかわかる。それに、目の色が何よりも強く語っている。「すっげー楽しい!」と。
――ああ、やっぱり。
じわじわと、全身を立ち上ってくる感情がある。高揚感にも似て、だけどそれだけじゃない。興奮、期待、喚起、闘志、言葉にできない感情すら包み込んだそれは、ひとつになって莇の中に降ってくる。楽しそうに芝居してる九門って、すっげーきらきらしててかっこいい。
踏み込んで、切り結ぶ。受け止める瞳の輝きにぞくぞくする。ああでも、足りない。だって莇は、もっとかっこいい九門を知っている。
板の上で、衣装を着て、莇のメイクで芝居をしている九門だ。
莇とほとんど同期の九門は、最初の頃に比べたら格段に芝居が上手くなった。もともとの運動神経もあって秋組の得意分野であるアクションにもついてくる。負けたくないと、心から思う。
それに。九門の初主演舞台を思い返す。あれは、莇の最初の仕事だった。あの時劇団が受け入れてくれたから莇はメイクの夢を追い続けられているし、千秋楽の出来事は今の莇のメイクの夢の原体験だ。自分が咲かせた役者がどこまで大きく咲くのか、メイクとして見てみたい。それを役者として、板の上でかっこよく輝く姿とぶつかることで実感できたら、それに負けないくらいの芝居ができたら、それはどんなに幸せな瞬間だろう。
「――莇?」
すぐ近くで、九門の声が聞こえる。莇の好きな役者が、莇と芝居するのが楽しいと全身で叫んでいた役者が、すぐ側にいる。
「ねぇ、ちょ、……わっ!」
身体に鈍い衝撃が走る。気がついたら九門の顔は鼻が触れそうなくらいすぐ近くにあって、莇の身体はあたたかい体温に包まれている。重なった胸から伝わる心音が早い。戸惑ったみたいに揺れる金色が、莇だけを映している。
「びっっっ……くりした……急にどうしたの莇」
即興アクションの最中、動きが鈍くなったと思ったら抱きつくみたいにぶつかってきた莇を受け止めた九門が言う。屋上に倒れた九門にのしかかるように身を任せた莇は、抱きしめられた距離のまま、笑い出さずにはいられなかった。
「えっ、ちょっ、莇本当にどうしたの、ってかさすがに床冷たい……えいっ!」
腹筋だけで莇ごと起き上がった九門は、脚の上に莇を抱えこんだ。脚の分いつもより高いところにある莇の顔を心配そうに見つめる。
「……大丈夫?なんか悩んでた?」
そうだ、悩んでいた。だけど、その答えなら今出た。莇をまっすぐ見つめてくる九門の頬を両手で包む。動揺にか少し強ばるのをそのままに、親指で目元をなぞる。
「今の、俺と即興殺陣するお前、すっげーかっけーなって思って、」
「えっ」
「俺のメイクしてたらもっとかっけーのになって思った」
今みたいな全力の掛け合いを、俺のメイクしたお前と、劇場の板の上で、本気でやり合ってみてえ。
「……あの時みたいな状況はねえ方がいいけど。そうじゃなくてもずっとかっこよくしてやるし、芝居でも負けねえから。特等席で見せろよな」
「……!」
「うおっ」
抱え上げられた姿勢のまま、思い切り抱きしめられた。寒空の下なのに、さっきまで激しく動いていた身体は熱い。歓喜を全身で叫んでくる九門に包まれて、莇の体温も動いていたから以上に熱くなってくる。
「オレも!もっとずっと、莇と一緒に芝居してたい!大好きな莇にかっこよくしてもらって、大好きな芝居でぶつかりたい!そしたらオレ、絶対しあわせ!」
――自分のメイクで、誰かを幸せにしたいと思った。芝居で負けたくないと、かっこよくいたいと思った。自分が魔法を掛けて咲かせた役者と、自分の芝居でぶつかって、一番かっこよくなるのを一番近くで、同じ板の上で実感したい、それで自分も大きく咲きたい。それが、俺がここにいる理由だ。
「……俺も、そーかも」
見付けた答えと一緒に、痛いくらいに抱きしめてくる男を抱きしめ返した。
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「荒療治が必要なこともあんだろ」
後に、摂津万里はそう言った。
「俺も、満開公演の頃色々迷惑かけたけど。……あの時配信で言ったようなこと考えたのは、ワークショップで突っ込んだこと言われたせいだしな。もし似たようなことで悩んでんなら、発破かけてやんのも俺の役目かなって思った」
両方本気でやってることくらい、ここのヤツらは言われるまでもなく知ってっし。ここで芝居する気ならいくらでもサポートすっし、もしメイクに本腰入れるから辞めてえっつっても誰も責めねえだろ。
俺たちはみんな、役者泉田莇が好きだし、同じくらいあいつの夢を応援してる。本人がやりたいことに挑戦できるように、土台になってやんのが、この劇団である意味だろ。
「頼りになるリーダー? ……そんなん今更だろ」
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「ふーーーーんふふーん」
「歌うな。つーか動くな」
本番が始まったウヌス国スピンオフ公演は好調だった。AもBもそれぞれの個性が出ていると評判で、あと数回を残す公演もチケットは完売していると聞く。情報が公開されたデュオ公演も既に準備に入っていて、勢いを殺さないように引き継がないとと咲也や紬が楽しそうにしていた。
「……よし。完璧」
舞台袖でマリウスのメイクの最終調整を終える。開演まであと十数分、どの場所でも最後の仕上げに忙しそうにしている。たくさんの人の手によって、舞台は作られている。
「……ねぇ、莇」
九門の声が、舞台裏を見回していた莇の意識を呼び戻す。なんだよ、と問えば、莇のメイクをした九門は実はさ、と小さく口にする。
「この前屋上で殺陣エチュードしたときさ。あのころ、莇バイト忙しくて大変そうだったでしょ?でも、莇がずっとメイクの夢に真剣に向き合って、努力してきたか、みんな知ってたからさ。莇なら絶対大丈夫なんだろうなって思ってた」
メイクしてくれる時のキラキラした莇はとてもかっこよくて、大好きだし。莇がいなければ初恋甲子園は走りきれなかったし。あのときのオレみたいにたくさんの人に魔法を掛けて欲しいって、そう思ってるのも本当なんだ。
「だけど、オレはそれと同じくらい、かっこいい役者の莇のことも大好きだから」
大切な友達としてずっと一緒にいたい。莇との共演だってちゃんとしたことないし、役者としての莇とやりたいこともまだまだたくさんある。
「だから、莇がああ言ってくれて、オレ、すっげー嬉しかったんだ。オレ、ずっと莇のメイクして、ずっと莇とお芝居してたい」
「……お前、よくそんな小っ恥ずかしいこと言えるな」
本番前でなければ頬をつねっていた。そう言う莇に九門は頬をふくらませる。
「あの時の莇の方がよっぽどすごいこと言ってたと思うけど……だってオレ、プロポーズされたかと思ったもん」
「プロ……!?」
もちろん、そういう言い方をすれば莇がどういう反応をするかはわかっていたんだろう。真っ赤になって震えだす莇をそのままに、九門は舞台の方から聞こえる監督の声に返事を返す。
「じゃ、オレ行くね」
「ちょ、九門、待」
一生、面倒見てね。
それを言うのはまだ早いけれど、いつか。