140SS 『涙を拭う』 身体を離して隣に倒れ込む。仰向けのまま視線を向ける。荒い息に濡れた頬、淡く赤く染まった肌、絡みついてくる手足、うるんだ青い瞳に下がった眉が、めいっぱいに伝えてくる。しあわせだって。 視界が歪む。俺の目からぼろぼろ溢れ続けるそれは、小さな笑い声と共に、やわらかい感触に拭い取られた。 2022.01.01 140SS
140SS 『耳もとで名前を呼ぶ』 ゴールしたこいつが俺に飛びついてくるのもすっかりいつもの風景になって、押し倒された俺が冷やかされることも心配されることもなくなった。 それから、興奮冷めやらないこいつが俺の耳元に熱い吐息混じりに俺の名前を落として煽ってくるのも、いつものことで。 こっちのいつもは、俺たちだけの秘密。 2022.01.01 140SS
140SS 『寝ぼけまなこの君』 普段は寝付きも寝起きもいい方だ。こいつのお母さんも宮古島で同じ部屋だった二人もそう言ってた。 だからこいつがこんなに眠そうにしてるのを見るのは、前の夜夜更かしして体力使わせた時の俺だけなわけで。 まだ寝てろよと乱れた髪を撫でると嫌がるように抱き着かれる。ああもう、可愛くて仕方ない。 2022.01.01 140SS
140SS 『言ってごらん』 いいよ、なんでも言ってみ。一緒に住むにあたってお願いがあるって言うからそう言った。恋人のわがままならできるだけ応えてやりたいし。 でも、あいつが嬉しそうにねだったのは、毎日のおはようおやすみいってきますいってらっしゃいの、 最後のはダメだ。その日一日お前でいっぱいになっちまうから。 2022.01.01 140SS
140SS 『ひとめぼれ』 一目惚れってしたことある?寝る前に一緒にだらだら見てたテレビを受けてか腕の中の恋人が言ってきた。会った瞬間じゃねえけど、ある。俺の腕を掴む手にきゅっと力が入る。 高二の春、すっげー綺麗な滑り見てからずっと夢中なんだ。 指を絡めて握る。首筋に顔をうずめる。頭をぐりぐりすり寄せられた。 2022.01.01 140SS
140SS 『唇をなぞる指先』 完全に無意識だった。口元を拭った指が触れた唇は、幼い妹じゃなく年上の相棒のそれで。 悪い、声を掛けて離そうとした指を離せなかったのは、強く手首を掴まれたから。拭って汚れた指先はそのまま赤い口の中に飲み込まれて―― じゅっ、吸われた音に指を引き抜いた俺の顔は、どんな色をしてただろう。 2022.01.01 140SS
140SS 『おやすみのキス』 こいつが泊まるのも何度目だろう。ベッドの横の客用布団に転がる相棒は、いつものようにぐっすりと寝入っている。 だから俺もいつものように、こっそりベッドから出て親友の枕元に降りる。顔に掛かる前髪を上げて、額に、頬に、唇で触れる。口にする勇気はまだない。 瞬間、不満げな海色がこっちを見た。 2022.01.01 140SS
140SS 『本当は、嘘です。』 「暦はさ、俺が女子に呼び出されるのどう思ってたの」「そりゃお前かっけーし、当然だなとは」「それだけ?」「好きなヤツが好かれるのは嬉しいじゃん」「本当に?」「どうしたいかはお前が決めることだし」「暦」「……ごめん。すげーやだった」「うん」「俺のなのにって」「そうだよ、捕まえてて」 2022.01.01 140SS
140SS 『なぐさめる』 例えば、宮古島に行く船で自分に向けてと勘違いして女の子に声を掛けたこと。似たような失敗を、暦は何度もしている。 そのたびに落ち込んでないって強がる暦に、気にするなよ、次があるよ、なんて言うけど、本当はそんなこと思ってない。世界で一番暦のことが好きなヤツは、すぐそばにいるんだから。 2022.01.01 140SS
140SS 『なでなで』 面倒見がいい俺の恋人は、妹たちの前ではもちろん、そうでない場所でも「お兄ちゃん」になることが多い。 だけどそんな彼も、二人の時だけ見せる姿がある。ベッドの中、目が覚めてるのに擦り寄ってくる髪を撫でる。もっと撫でろとばかりに頭を押し付けてくるから、甘えてくる恋人を全身で抱きしめた。 2022.01.01 140SS
You make me Rainbow You make me Rainbow! -1- *** 昔、俺たち人魚の先祖には、陸に上がって人間と結婚した女の子がいたらしい。 時代が下った今は、陸の人間は人魚をほとんど滅んだ種族だと思ってるっていう話だし、海の上なんて行くもんじゃない、陸の奴らは人魚を食おうとする、って大人は言う。 でも、ずっと不思議だったんだ。どうしてその子は陸に上がったんだろう。海の上の、人間の、何を好きになったんだろう。 灰色だ。 目の前も、海底も、水面も、全部が灰色だ。目に入... 2022.01.01 You make me Rainbow
You make me Rainbow You make me Rainbow! -2- *** 透明な水をかき分けて泳ぐ。慣れた海を斜め上に、太陽の光が射す方へ向かう。だんだん海底が浅くなるのを感じるごとに気持ちが逸る。浜が近付いている。 岩場のそば、入り江の近くの水面に顔を出す。空と海の重なり合う青、光を反射する浜の白、生き物の気配の混じる岩場のまだらのグレー。浜の中で一際目立つ赤色に自分が笑うのがわかる。やわらかく揺れて、夕焼け色が俺を捉える。 「ランガ!」 暦の明るい声が俺の名前を呼ぶ。こっ... 2022.01.01 You make me Rainbow
You make me Rainbow You make me Rainbow! -3- *** 暦の手が作り出すものはどんなものだって楽しい。暦が持ってる好きなもののひとつが、小さな籠だ。暦のお母さんが木を編んで作ったっていうその籠に、暦は花を持ち歩いている。幼い妹たちに生花の飾りをねだられることもあるから、綺麗な状態で落ちているものは拾ってきているらしい。 花は生き物だ。だから空気がよく通る籠で、でも乾かないように湿らせた布と一緒に入れて持ち歩いて、例えば髪に留められるようなピンやゴム、カチューシ... 2022.01.01 You make me Rainbow
You make me Rainbow You make me Rainbow! -4- *** 昔、俺たち人魚の先祖には、陸に上がって人間と結婚した女の子がいたらしい。 船の上の若者に恋した彼女は、嵐で海に落ちた若者を助けて陸まで送り届けた。焦がれた彼と共に在りたかった彼女は人の姿を望んで、魔女に足を得る薬を願った。 それからいろいろあって、彼女は陸の花嫁になったらしい。 今はもう、魔女なんていなくなったって言われてるけど、その人がいたら、俺はどうしていただろう。 だって、彼女の気持ちが、今な... 2022.01.01 You make me Rainbow
You make me Rainbow とある司書の手記 高台の領主の館から少し、かつての別館だったという洋館は、当時のきらびやかさを想像させる佇まいのまま、今は図書館として開放されている。大きな窓から陽が差すロビーも、高い書架が並んだ静かなホールも、我が勤め先ながらとても好きな場所だ。 返却図書を積んだカートを押していた私は、地元民俗学の棚に赤色を見付けた。図書館なんかとは縁のなさそうな、しかしここ最近よく現れるようになった色。 彼は細工師見習いの青年だった。祭での祭... 2022.01.01 You make me Rainbow