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『残像』

一人で入ったシフトのあと、石畳の表通りから曲がって細い路地を通って行くことがある。チェリー、もとい桜屋敷先生の書庵の裏。  目印も何もない通りの途中で立ち止まって、しゃがみ込む。目を閉じる。風とウィールの音を思う。  まぶたの裏に浮かべるのは、俺の上を跳ぶ姿。時々、思い出したくなるんだ。
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『手を出したい』

先のことはわからないって言うけど、これだけはわかるよ。未来の俺もずっと暦が好き。この気持ちは絶対に変わらないって確信がある。  今の俺は今の暦が好きだ。この先ずっと、無限に一緒にいるとしても、今の俺たちにしかできないことをいっぱいしたい。  今すぐ触れたい。触れられたい。全部。なぁ、暦。
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『遠くへ行きたい』

例えば一緒に住むとして、個室は要るから2DKにはしときたいし、食費もかかるしスケートなんてもっとだろ。そのためにもさ、稼ぐってなったら都会、大阪とか東京とか、もっと遠くに行きてえなって思うことはあるよ。  お前がすごいから。俺自身が、自信を持ってお前の隣にいられるようになりたいから。
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『煽らないでくれよ』

スタートにはランガにミヤ、何故かチェリー、何か知らない奴ら。画面は「レキ争奪戦」、賞品は俺を好きにする権利らしい。ラブホに縛られ自由を奪われた俺は虚しく出走者を眺める。  沿道から高い声。スノー頑張って。レキといちゃいちゃして。本人はやる気に満ちて大きく頷く。頼むからこれ以上そいつを
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『もうひとつちょうだい』

旅行の準備をしてた時だ。相棒はシャンプーやボディクリームを詰めた入浴・就寝セットを確認しながら声を上げて、もうひとつちょうだい、と俺の後ろを指さした。  手元には四枚綴りの正方形が三連、俺の後ろはそういう物のストック棚。  旅先でどんだけするつもりだよ。少し呆れつつ、俺は棚に手を伸ばす。
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『思わず漏れた声』

ドリンクを煽る喉がごきゅりと動く。ヘアバンドが吸いきれなかった汗が日に焼けた首筋を流れる。運動後の肌は上気して普段よりすこし色付いている。赤い唇と舌は飲み干したドリンクで濡れている。  おいしそう。  声に出してしまったと気付いたのは、聞こえてしまったらしい年下のプロの表情を見てだった。
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『膝枕』

目を開けた先に見える、俺を覗き込む琥珀色。午前最後の野外体育、暑さにふらついた俺を寝かせてくれてた相棒。昼も食べずに体操服を着替えもせずに。そんなところも好きだ。  でももう動けるし、ご販食べて元気出さないと。彼を枕にするなら膝より腕がいい。万全でなくちゃ、その前の事もできないから。
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『妖しき月夜』

狼男っているだろ、なんて言うんだ。満月の晩だけ獣になるモンスター。月のせいだから忘れてくれって、そう言うんだ。  でも、月が明るいからお前の顔もよく見えたよ。俺を組み敷いた時の深さを増した琥珀色、舌が離れた時の怯えたような色。  なぁ、本当のお前を教えてよ。怖がらないで、俺が一緒だから。
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『誘う視線』

あいつのビデオパート撮ろうって話になった。だから俺は新調したスタンドでスマホ構えて、十何回目かのあいつの滑りを動画に収めようとスタンバイしてたんだ。  なのに俺を見るあいつの瞳は、一人のパート撮るより俺と滑りたいって語ってて。  お前とのペアパート?そんな楽しそうな事、乗るに決まってる。
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『振り向きもせずに』

夢中になったら他のもんなんか見えなくなるって、誰に何言われても意見変えないヤツだって、そんなのよく知ってるよ。  いつか大事なもん見付けたら俺のことなんて振り向きもしないでそっち行っちまうんだろうなって。  だからさ、それまででいいんだ。お前の一番は俺のもんだって、思わせてくんねーかな。
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『もしかして、妬いてる?』

いくら仲良いっつったって、普通友達同士でおかしいだろ。お前が誰とどこで何してようが、俺は何も言えない。  そりゃちょっとはつまんねえけど、それは俺が勝手にそう思うだけでお前が行動変える事じゃねえし。  なのになんでそんな嬉しそうなんだよ。俺がかっこ悪いだけなのに。勘違いしそうになるだろ。
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『がらがらと崩れる』

ブロックを組んだタワーから順番に抜いて重ねて倒したら負け。有名なゲームが押し入れの中から出てきたら当然勝負になって。  不意に重なった視線はやたら色っぽくて、勝ったら好きにしていいなんて言ってきて。  ひっかからねえよ。俺のその言葉が強がりだと証明するみたいに、傾いたタワーが音を立てた。
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『隠しきれない』

アンカットデッキ、整備オイル、袋麺、スキン、冷凍フライドポテト、チーズ、ルーブ、カラースプレー、他にもいっぱい、二人で一緒にやりたいことの準備。  久しぶりに連休が重なるのが楽しみで、たくさん買い込みすぎてしまった。  浮かれすぎで恥ずかしいけど、大荷物も俺の気持ちも全然隠せそうにない。
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『あと5秒』

目の前にはUniqueな寝顔。一度家に帰ってからお邪魔した彼の部屋、俺が来るまでの短い間に、彼は夢の世界へ旅立ってしまっていた。  呼んでおいて俺を置いていくんだから、少し仕返ししてもいいと思う。例えばあと30秒で起きなければキスしちゃうとか。  30、29、28、5、4、3、2、いち、
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『はじめてだったのに』

『初恋は叶わない』。つけっぱなしにしてたテレビから聞こえてきたそんな言葉を、俺はくだらない迷信だと思った。  だけど、隣の恋人は納得したみたいに頷いている。それがすっごく面白くない。  だってそれってつまり、彼の初恋は俺じゃないってことだ。  俺の初恋は叶ってるのに。俺は正真正銘、この恋が、