SK∞

SS

酔言

こいつがこんな潰れるまで飲む奴なんて思わなかった。肩を貸して歩かせていた意識の曖昧な相棒を自分のベッドに落として俺はそばに座り込んだ。  ランガが成人して、初めての飲酒は母親と二人で。二回目は暦の家でがいいとありがたくご指名を受けて。うちの親が引っ張り出してきた、ごちそうの時にしか開けない特別な酒瓶を開けて、ちょっとだけ俺もご同伴に与って。確かに強い酒だったし、外国の血が入ってると強い酒弱い酒も俺たちとは違うのかも知...
SS

箱から星屑

夏の晴れた空が好きだ。どこまでも抜けていくような遥かな青、その中を風を感じながら滑るのが好きだ。高いところから風の塊の中を跳ぶ感覚、空や海と同じくらいきらきらした青、そんな好きなものが増えてからはもっと好きになった。  だけど沖縄の夏は雨の日も多い。クレイジーロックも開かないし、屋根のあるパークは閉まる時間も早い。今日だって空は厚い雲に覆われて、今にも泣きだしそうだ。晴れてる日ならもっと遅くまで滑ってる時間に、俺は自...
SK∞

金メダル

要は風車の形からの応用だ。そこから四隅を鶴の時みたいに細長いひし形にして、その間を外側に開いてひし形を折りこむ。そこに差し込むのが、二百枚に一枚しかないこいつだ。 「……っと。んで、リボンつけて……よし、七日、千日、そこ並べ」  テーブルの縁からずっと俺の手元を覗き込んでいた双子は弾かれたみたいにどたどたと俺の前に並んだ。緑のリボンをつけた黄緑のと、黄色のリボンをつけたオレンジの。両手に持って、同時に二人にかけてやる...
memo

スケボー考-競技とストリート文化とレラ-

ロリポップ・ハニー

後天性にょ

腕に触れたふわりとした感触がくすぐったくて、薄くまぶたを開いた。覚めきらない頭で視線を動かすと、俺のむき出し肩には雪の色をした綺麗な髪がうずめられている。
SS

婚姻届、もとい、

「受け取って欲しい。僕の気持ちだよ」  「結婚誓約書」。愛抱夢がランガに差し出した真っ赤なカードには、その五文字が踊っていた。 「んんーーーーーーーー」  抜けるような秋の空。少しだけ冷たくなってきた風が吹く屋上に寝転んで、俺は手の中のものを見つめていた。 「……まだ悩んでるの?」  小さな真っ赤なカードを手に頭をひねる俺を冷めた目で見て、隣のランガはやきそばパンにかじりつく。  カードには「結婚誓約書」の文字。その...
SS

気付きたくなかった、

左耳に届くカウントに合わせ、白い路地に黄色いボードが跳ね上がる。先程まで踵をひっかけていたデッキは今度はくるりと周り、前後を入れ替えた位置で足裏が掴んだ。軽快な着地音が路地に響く。  落ちる静寂。――しかし静けさは、一瞬の後に破られた。 「お、おおおおおおおお~~~~~~!!!!!!」  視線の少し先で、赤毛が歓喜の咆哮を挙げている。左手ではガッツポーズを、右手は耳を押さえている。さらにしばらく余韻に浸ってから、仔犬...
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viziare

淡い色をした頭がカウンター席で揺れている。  時折かくん、と船を漕いでいたそいつは、ついに指通りの良さそうな髪をカウンターに流れさせた。突っ伏したのだ。グラスを磨いていた手を止め、席の方を覗き込む。 「寝ちまったか?」  カウンターごしに手を伸ばし、頭のすぐ横に置かれたシャンパングラスをずらしてやる。少しだけ残った液体が揺れる。 「……ん、」  俺の動きに気付いたのだろう、テーブルに額を預けていた顔が上がる。酒に赤く...
SS

朝ごはんにサラダとパンとオムレツと、

コンビニほどじゃないけど、購買のパンは季節でメニューが変わるらしい。三年生の出席も少なくなって競争率も下がった二月、今日の戦利品は暦おすすめの冬限定増量焼きそばパンと、同じく初めて見たチョコレートパン、それからいちごの菓子パンだ。いちごの赤に何を思い出したかなんて、言うまでもなく。  早く暦と食べたい。足早に教室に帰る途中にすれ違ったクラスメイトは、顔と手首が濃いピンク色をしていた。 「………………!?」  思わず振...
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手を握る

昼休みの屋上はあったかくて、俺の分まで用意してくれていた暦のお弁当は美味しくて。……それから、昨夜は少し寝付けなかったから。気が付いたら、俺の頭は暦の肩に乗せられていた。  たぶん、話しながら寝てしまったんだろう。弾むみたいな暦の声は心地良くて、ずっと聞いていたくて、安心するから。  暦はまだ、俺が目を覚ました事に気付いてない。まぶたは重いけれど、じきに昼休みも終わる。声をかけないと。そう思った時だった。  俺の頭を...
SK∞

暗香

――噎せ返りそうなくらいの、 「今日はどうする?」 「先週通ったところの反対側の道行ってみたい、白っぽい桜咲いてた方」 「おっしゃ!」  時は巡り、俺たちが出逢った春がまたやってきた。あいも変わらずスケートに明け暮れ、拳を合わせて笑い合う。俺の毎日の中にあいつとスケートがあって、あいつの生活の中にスケートと俺がある。それって、すっげーサイコーじゃね?  ランガの言う方のコースに向かうまでにも、いくつもの桜を通り過ぎる...
SS

添い寝

いつもみたいに一緒に滑りに行く前に、ボードのメンテをしてくれるって、暦が言ったから。俺が向かったのは、いつもの海の見える公園でも、通学路の待ち合わせ場所でもなく、赤い花が咲く暦の家だった。  暦に似た色の前でボードを止めて、着いたとメッセージを送る。いつもはすぐに返事が返ってくるのに、画面にはなんの変化もない。  そっと、敷地の中を伺う。建物の前まで入ってみる。開け放たれた部屋を覗く。 「暦ー?」  返事はない。ぱた...
SS

歌が聞こえる。流れる水みたいに透き通ってて、やわらかくてあったかくて、すげー心地いい。日本語じゃない歌詞は頭を素通りしていったけれど、それでも、ずっと、聞いていたくなる。  確か、前を見てなくてすっ転んだんだ。いつもと違う公園だったから、ってのは言い訳になっちまうけど。  新しいトリックキメて嬉しそうにこっち見るから、すげーって、かっけーって、心から言ってやったんだ。そのときあいつが笑った顔が、ものすごく綺麗で。目が...
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眠くなると評判の生物教師がの話し声が聞こえ始める。言われる通りのページ、ではなく、教科書の真ん中あたりを開く。一番バランスがいいからだ。  教科書を立てて、外側を資料集で覆う。教科書は厚くて倒れにくいけど小さすぎて、資料集は髪が薄くて倒れやすいけれど大きい。重ねて机に立てれば、一番後ろの席では教壇から見えないそこそこ良いバリケードになる。  さて、どうしようか。昨夜あいつが送ってきた動画をもう一回見ておこうか。それと...
SS

馳河ランガです。

作業場に運ぶ段ボールの上からバインダーが落ちる。箱を置いたテーブルからすら落ちたそれは、小さい音を立てて綴じた紙を吐き出した。 「暦、何か落ちたよ」  散らばった紙を踏んでしまっては危ない。運んでいた食器をシンクの横に置いてから、ランガはバインダーの側に屈みこんだ。  それはスケートの設計図だった。自分に作ってくれたもの、暦自身のもの、妹たちのもの。ほかにもたくさん。何枚も連なるそれは、暦の手から作り出されたと覚えて...