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『はいはい、降参降参』

ずっと夢中でいて欲しくて。俺が「色仕掛け」すると、暦は大きく息を吐いて仕方ないっていう風に「降参」してくる。我儘を宥められてるみたいで悔しい。  本当に煽られてくれてるの。零した途端、世界が回る。床に押さえつけられて、燃える茜色しか見えなくなる。背筋が震える。  なぁ、もっと欲しがって。
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『冬空と雪』

見上げた窓の外、灰色の空の下には細かい白が舞い踊っていた。  どうりで冷えるわけだ。故郷から本土に出て数年、この冬の風物詩を見るのは初めてじゃないけど、ここまで激しいのはなかったと思う。多分、今まで見た中で一番雪らしい雪なんだろう。  だけど、俺の中で一番きれいな雪は、きっと、ずっと。
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『追憶』

目を閉じた先、まどろみの中、春の日の俺がいた。何も瞳に映ってない、雪山から動けないままでいる俺。――スケートをまだ知らない俺。あんな顔をしてた頃が、俺にあったんだ。  声を掛けようとして思い留まる。あの俺はこれから知るんだ。無限の夢を。  教えてくれるのはお前じゃないと意味がないから。
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『「もう何も言うな」』

軋むベッドの音より大きく、俺の耳に届くもの。  れき、すき、もっと。離さなと言うように頭を抱かれて、溶けそうな呼吸と一緒に注がれるいつもより高い掠れた声は、俺の熱をどんどん上げて、薄く残った理性を剥がしていく。  それ以上言われると、優しくしてやれねぇから。吐息ごと飲み込んで口を塞ぐ。
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『ささやかな願い』

「ずっと一緒に」。  笑って話したその願いは、ささやかに聞こえても儚くなんてないことくらい知ってる。明日隣にいられるかさえ、神様にしかわからない。  だけど、今この瞬間、一秒先の未来、そばにいて、手を繋いでいたい。一瞬の願いを積み重ねて願った永遠なら、ずっと続くって、そう思いたいんだ。
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『嘘だと言ってよ』

その唇が動いたのは、俺を拒絶する言葉。俺が暦から一番聞きたくない言葉。  ――飛び起きた俺は全身に嫌な汗をかいていて、夢見がどれだけ最悪だったかを知らしめてくる。目が合わなくなってから、こんな夢ばかり見てる。  ねぇ、お願いだから。今すぐ俺のそばにきて。嫌いだなんて、嘘だって言ってよ。
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『意地悪』

お前の表情なら全部俺のもんにしたいから。思うのも当然だったんだ、どんな反応するんだろうって。  一度に触れてた手を前からも後ろからも離す。天を仰いで泣くものも、やわらかく綻んだそこも、せつなくふるえている。  潤んだ瞳が俺を睨む。唾液に濡れた唇から落ちた言葉に、どうにかなりそうだった。
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『涙を拭う』

身体を離して隣に倒れ込む。仰向けのまま視線を向ける。荒い息に濡れた頬、淡く赤く染まった肌、絡みついてくる手足、うるんだ青い瞳に下がった眉が、めいっぱいに伝えてくる。しあわせだって。  視界が歪む。俺の目からぼろぼろ溢れ続けるそれは、小さな笑い声と共に、やわらかい感触に拭い取られた。
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『耳もとで名前を呼ぶ』

ゴールしたこいつが俺に飛びついてくるのもすっかりいつもの風景になって、押し倒された俺が冷やかされることも心配されることもなくなった。  それから、興奮冷めやらないこいつが俺の耳元に熱い吐息混じりに俺の名前を落として煽ってくるのも、いつものことで。  こっちのいつもは、俺たちだけの秘密。
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『寝ぼけまなこの君』

普段は寝付きも寝起きもいい方だ。こいつのお母さんも宮古島で同じ部屋だった二人もそう言ってた。  だからこいつがこんなに眠そうにしてるのを見るのは、前の夜夜更かしして体力使わせた時の俺だけなわけで。  まだ寝てろよと乱れた髪を撫でると嫌がるように抱き着かれる。ああもう、可愛くて仕方ない。
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『言ってごらん』

いいよ、なんでも言ってみ。一緒に住むにあたってお願いがあるって言うからそう言った。恋人のわがままならできるだけ応えてやりたいし。  でも、あいつが嬉しそうにねだったのは、毎日のおはようおやすみいってきますいってらっしゃいの、  最後のはダメだ。その日一日お前でいっぱいになっちまうから。
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『ひとめぼれ』

一目惚れってしたことある?寝る前に一緒にだらだら見てたテレビを受けてか腕の中の恋人が言ってきた。会った瞬間じゃねえけど、ある。俺の腕を掴む手にきゅっと力が入る。  高二の春、すっげー綺麗な滑り見てからずっと夢中なんだ。  指を絡めて握る。首筋に顔をうずめる。頭をぐりぐりすり寄せられた。
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『唇をなぞる指先』

完全に無意識だった。口元を拭った指が触れた唇は、幼い妹じゃなく年上の相棒のそれで。  悪い、声を掛けて離そうとした指を離せなかったのは、強く手首を掴まれたから。拭って汚れた指先はそのまま赤い口の中に飲み込まれて――  じゅっ、吸われた音に指を引き抜いた俺の顔は、どんな色をしてただろう。
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『おやすみのキス』

こいつが泊まるのも何度目だろう。ベッドの横の客用布団に転がる相棒は、いつものようにぐっすりと寝入っている。  だから俺もいつものように、こっそりベッドから出て親友の枕元に降りる。顔に掛かる前髪を上げて、額に、頬に、唇で触れる。口にする勇気はまだない。  瞬間、不満げな海色がこっちを見た。
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『本当は、嘘です。』

「暦はさ、俺が女子に呼び出されるのどう思ってたの」「そりゃお前かっけーし、当然だなとは」「それだけ?」「好きなヤツが好かれるのは嬉しいじゃん」「本当に?」「どうしたいかはお前が決めることだし」「暦」「……ごめん。すげーやだった」「うん」「俺のなのにって」「そうだよ、捕まえてて」