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『なぐさめる』

例えば、宮古島に行く船で自分に向けてと勘違いして女の子に声を掛けたこと。似たような失敗を、暦は何度もしている。  そのたびに落ち込んでないって強がる暦に、気にするなよ、次があるよ、なんて言うけど、本当はそんなこと思ってない。世界で一番暦のことが好きなヤツは、すぐそばにいるんだから。
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『なでなで』

面倒見がいい俺の恋人は、妹たちの前ではもちろん、そうでない場所でも「お兄ちゃん」になることが多い。  だけどそんな彼も、二人の時だけ見せる姿がある。ベッドの中、目が覚めてるのに擦り寄ってくる髪を撫でる。もっと撫でろとばかりに頭を押し付けてくるから、甘えてくる恋人を全身で抱きしめた。
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『喋っちゃだめだよ』

確かに朝まで帰って来ないとは聞かなかった。Sならビーフが始まる時間、恋人のベッドで抱き合ってたところに聞こえた帰宅の音。  お前知ってただろ。組み敷いた相手を睨めば楽しそうに全身で絡みつかれて声が出そうになる。「喋っちゃだめだよ」耳元に囁かれて震える。  こいつの母さんが寝るまで、あと、
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『君がくれる痛み』

トリックを失敗した時にできる傷が結構好きだ。上達するごとに減る傷は、自分が夢中で努力した印みたいで誇らしい。  最近好きな傷が増えた。背中に赤く走る引っ掻き痕は、俺があいつをよくしてやれたっていう何よりの証だから。  思わずにやける。この痛みならもっと欲しいって思うのは、変態くさいかな。
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『まるで愛の告白』

俺のメカニックお手製のデッキは、その後も彼の手で改良が続けられてる。どんなデッキも滑れるけど、専用カスタムの使いやすさは格別で、これで滑る時が一番俺は俺でいられる。  お前なしじゃいられないな。そう零せば、一生俺が見るし、それでいんじゃね。なんて、そっぽ向いた耳が赤いから。そんなの、
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『だんまり』

相棒は拗ねると何も言わなくなる。今だって俺のベッドの上、布団を抱いて背を向けて壁に向かって動かなくなってどれくらい経っただろう。  いい加減機嫌直せよ。雪色をかき分けて白い頬に唇を落とす。ぴくりと動いた身体はそれでもこっちを見ない。  ちゃんと口にしてえんだけど。悔しそうな青に睨まれた。
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『「また、明日」』

鼓動が跳ねる。空が、海が、世界がきらきらしてる。全部、隣にいるからだ。一緒だから楽しいって、大切なことを教えてくれた。  帰りたくないな。そうこぼした俺に、明日も明後日もって言ったろ、って歯を見せて笑って、まっすぐ俺を見て拳を突き出してくれるから。  今は俺も笑って言える。 「また、明日」
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『なにも欲しくなんてないよ』

熱があった。心配してくれた母さんを仕事に送り出して、休む連絡をする。  白くて明るい部屋は静まり返って、世界に俺しかいないみたいだ。  まぶたを閉じて落ちるみたいに眠って――頬に触れる温度に目を開ける。赤色、夕焼け色。離れていこうとする手を握る。  今だけは行かないで。他に何もいらないから。
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『悪夢を見た。』

居眠りしてた相棒が跳ね起きた。ヘアバンドを掴んで俯いた様子がつらそうで視線で大丈夫かと言えば、悪夢だっただけだと手を振られる。  それでも心配で、弁当を食べ終えた彼の頭を抱き寄せる。少しでも甘えてよ。  背中に回される腕に驚いて彼を見る。お前がいなくなる夢見た。  ……悪夢って、それのこと?
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『いっそ無理やりにでも』

あいつの好奇心は子供みたいだ。  恐れ知らずなきらきらした目。あいつが望みさえすれば、俺なんかの理解が及ばない、追いつけない高みまで、簡単に行っちまうんだろうから。  あいつが離れてくくらいなら、いっそ、力ずくででも。  俺の中に沈んでるこんなどす暗い欲なんて、あいつは一生、知らなくていい。
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『ふいに落ちた沈黙』

海色がすぐ近くにあった。 息が混じる距離、弾んでた会話が途切れて、互いに言葉がなくなる。 綺麗な青に俺が映ってるのが見える。呼吸が止まる。落ちた沈黙は湿度を帯びて、瞳がやわらかくほころんで。唾を飲み込む。――あと、ちょっと、  ――飛び込んできたちびたちの声に、俺たちは揃って崩れ落ちた。
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『内緒だよ』

小さい子が覚えたての言葉を使いたがるのはどこの国でもよくあること。それはよくわかってるのに、可愛い双子に言われたそれに、俺は舞い上がってしまって。 「内緒だよ」  唇に指を立ててて微笑めば、二人は真似てくれるから、両手で頭を撫でる。  だって嬉しかったんだ。にーにとけっこんするの?なんて。
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『猫可愛がり』

暦と同じ学科のヤツ曰く、暦は猫を可愛がっているらしい。大学にいるのか、通学路か。それともミヤの事か。  可愛がるなら俺にすればいいのに。そう思ってたら暦の学科のそいつは笑って猫の事じゃないって日本語を教えてくれた。  惚気話ばっかりしてくる、恋人を猫可愛がりしてるって。  …それってつまり、
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『ほんの一瞬の出来事』

玄関で鳴ったチャイムに「俺の通販」と恋人の声。振り返って見えた姿は玄関に向かう、かと思ったらダイニングに入ってきて。  はんこ置きっぱなしだった?テーブルを探ろうとした途端、後ろに引き寄せられて、影が重なって、一瞬。  玄関の音に我に返る。唇を押さえる。ああもう、どうやり返してやろうか。
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『距離感』

うちのクラスの有名なスケボー馬鹿どもは、距離感が近すぎる事でも有名だ。  まるで恋人みたいにいつもくっついてた二人が、何故かぱったりスキンシップしなくなった。  違和感を感じて半月、今度は何やら甘い空気を纏った、妙な温度で触れるようになった。  なんつーか、ごめん、察したくなんてなかったよ。