さて、どーすっかな。座席の端、銀の手すりに頭をぶつけながら口の中に零した。
年内最後の誕生日パーティーを終えた翌日、左京の車で実家に帰ってきたのが昨日。大晦日を明日のに控えた今日、母方の実家に帰省するらしい志太を見送ったら、俺自身はやることがなくなってしまった。大掃除をしようにもずっと寮にいたから自室はたいして散らかっていないし、会の方だって俺が手伝えることはたかが知れてる。却って邪魔になるなら外にいた方がいいだろうと馴染みのショップにも寄ってみたけど、年明けのセールの方が安そうなことがわかって引き返して、結局家の方面行きの電車に揺られている。
俺、こんなに一人で過ごすの下手だったっけ。
寮では二十人以上が一緒に暮らしていたし、一人でも騒がしいヤツも何人もいたから暇を感じることなんてそうなかった。まして、俺の周りは、
「……あ」
ふと、向かいのドア前に陣取る一団に目が留まる。黒に白と紫の入ったジャージは見慣れすぎた、俺の通う高校のそれだったからだ。
背負ったスポーツバッグからするとどこかの運動部だろうか。漏れ聞こえる会話から察するに、部活で行く初詣について話しているらしい。
運動部って三十日でも部活があるもんなのか。大変だな。ぼんやり考えながら、なんとなくそいつらを見続ける。ジャージだからってだけじゃなくて、なんか見覚えあるような……
「九門は?」
眺めていた方向から聞こえた身近すぎる名前に意識が引っ張られる。そして気付く。そうだ、九門とバッテリー組んでたっていうキャッチャーだ。俺の教室に来てるあいつを何度か回収に来た三年。道理で見覚えがあるはずだ。
「あいつは今年は来ないって」
元相棒が言う。彼ら――野球部を引退した三年も誘われた年を跨いだ初詣に、先に部活を辞めた九門にも声がかかっていたが、あいつはそれを断ったらしい。
「ああ、例の大好きな兄貴と行くからか」
「でも去年は来てたろ?親戚では二日に行くって聞いたけど」
頭を手すりに付けたまま、顔を下に向ける。ストールに口元を埋めて目を閉じる。寝てる風を装って、耳では元野球部の会話を追いかける。だって、あいつは、
「好きな子と行くって。オッケー貰ったって、すっげーだらしない顔で言ってた」
一気にざわつきだす声と同時、ぎゅっと手を握り締める。惚気られたという捕手が口にする「好きな子の好きなところ」がいくつも耳に飛び込んできて、口元を覆ったストールを目の近くまで持ってくる。顔が熱い。脳みそは勝手に本人に直接言われたときの声と表情を再生してくるからたまらない。
ああもう、あいつは!!
暇なときに頭に浮かぶくらいにそばにいて、部活仲間より優先して、他人との話題でさえそんなことを宣って。
そんな風に思われるのが、嫌じゃない自分が嫌になる。明日の夜には会えるのに、今すぐ声が聞きたくなってしまった。
電車を下りたら電話してやろう。あいつも家のことを手伝ってるだろうから出ないかもしれないけど、気付いたらかけ直してきて、でかい声で名前を呼んでくるはずだ。
さっきまでなんとも思わなかった電車のスピードを遅く感じて仕方ない。通話発信画面でスマホを暗くして、握り締めたまま目を閉じた。