「志太~~~~!すっげーーーーーーかっこよかった~~~~~!!!!」
「うおっ」
ドアを開けるなり両手を広げて飛び込んできた友達に面食らう。そのままなら抱きついてきただろう手は俺に触れる前に引っ込んだ。見れば、後ろから首根っこをつままれている。
「お前、出てきたのが志太だったからまだ良かったけど他の人だったらどうしてたんだよ……お疲れ。キマってたじゃん」
前半は首根っこを掴んでる相手に、後半はこっちを向いて声が掛けられる。俺はサンキュ、と応えて、差し出された手に自分の手のひらをぶつけた。
莇からのLIMEにスマホが震えたのは、公演を終えて楽屋に戻った頃だった。画像が送信されたと表示されている通知に触れると、開いたトーク画面にはGOD劇場入り口のポスターの前でピースする九門の写真、それから「良かった」と一言だけのメッセージ。
「……っえ!?あいつら今日来てたのかよ!?」
確かに二人一緒に誘ったけど、レニさんが監督さん、円が三角さんを誘ってることもあるし、そうじゃなくても組ごと一緒に観に来てくれることもある。だから俺がチケットを渡したところでそのチケットで来るかはわからなかったし、使わないなら劇団の人や信用できる人になら流していいとも言ってある。妙にいかつい男二人がいい席にいると思ったら銀泉会の人だったこともあったっけ。
とにかく、友達兼同業者が来てるなら観たばかりの感想を直接聞きたい。今日の公演は今終わったマチネだけだから、日次の反省会とかの他はこれからやらなきゃいけない準備もない。観に来てくれたお礼ついでに、せっかくだから楽屋に来いと返信する。莇はタイマンACTでもコラボ公演でも来てるから、劇場の裏側も覚えてるはずだ。急に大声出すなという晴翔さんの小言を聞き流しながら送ったスタンプにはすぐに了承の返事が返ってくる。
そうして数分後、ノックされた楽屋のドアを開けたらテンションの高い九門が飛び込んだきたのだった。
「やっぱ騎士と騎士の一騎打ちがかっけーよな!それぞれの譲れない信念、ぶつかり合う覚悟……表情もあってすっげーぐっときたし、殺陣もやばかった、激しくてかっけーのに優雅?っていうか」
「山場のひとつだもんな、そう見えてたなら良かった。ね、晴翔さん」
「ま、わかってんじゃない」
招き入れた楽屋の中央のテーブル、九門は向かいに座る俺に熱のこもった感想をぶつけてくれる。自分の鏡台の前から返事をしてくれる晴翔さんも満足そうだ。優雅、ってのが効いたかな、レニさんのマストビーファビュラスを何より大事にしてる人だから。
「ラストもすっげー切なくて、心臓つぶれちゃいそうなくらい……GOD座の公演ってこんな風なの多いよね、これも円さん?」
「そりゃー、座付きだからな。そうじゃないこともあるけど」
「綴さんもだけど、円さんもいつもすっげー……すみーさん来るのかな、すげー良かったって言っとこ……それから、」
「おい」
「ぐぇ」
言い募ろうとした九門は、後ろから襟首を掴まれて変な声をあげた。掴んだのはもちろん莇で、その眉は不機嫌そうにつり上がっている。
「お前、昨夜あんま寝てねーだろ、知ってんだぞ。舞台中は集中してたんだし、そういう時のお前急に切れんだから、迷惑かける前に帰るぞ」
言われて九門を見れば、確かに少し眠そうに見えなくもない、だけどその程度だ。よく気付いたな、と二人を見比べていると、自分を掴む莇を見上げた九門は一瞬呆けたあと、へにゃっと笑ってそうだね、と立ち上がった。
「お前いっつもそうじゃん……じゃ、もうすぐ帰るって先監督に連絡しといて。俺も一言志太に言ってから行くから」
「ん!わかった!」
お邪魔しました!運動部仕込みの礼をして楽屋を後にした九門を見送ってから、莇は俺を振り返る。
「九門に先に言われたとこもあるけど、マジ良かった。あとでLIMEするわ。……悪かったな、あいつ疲れてる時いつも以上にうるさくなんだよ」
「いつも以上って……いつもあんなんじゃね?俺全然わかんなかったけど」
九門が人懐っこい元気なヤツなのはいつものことだ。そう言えば莇は目をぱちくりさせる。
「……まぁ、一緒に暮らしてる分、わかることもあるのかもな」
なんてこともない風に、いやほんの少し照れたように、莇は言う。いやいや、それだけが理由じゃないだろ。
「それもあるかもだけど、それ以上に莇が九門のことよく見てるってことじゃねーかな」
なんか、嫁さんみたいだった。
思ったままを口にしてしまってから、莇の苦手分野に思い至る。案の定、幼馴染はみるみる顔を赤く染めて小さく震えだす。あ、これは、来るな。
「莇、」
「そんっっ……そんなんまだ早えーだろ!!!!」
そう叫んだ莇は勢いよく楽屋を出て、けれどその勢いよりは丁寧にドアを閉めていった。ドアの向こうからは九門の声、それから足音がだんだん遠くなっていく。俺は静かになった楽屋で、莇の反応に感じた違和感を探った。そして。
「……あいつ、九門の嫁になる気なのかな」
気付かずこぼれていた言葉に、晴翔さんの「何?あいつら無自覚なの?」の声が重なった。