2023.7.1開催の九莇webオンリー内利き小説企画に参加させていただいたものです。
「莇!これ一緒に食べよ!」
そう言って九門が差し出してきたものを見たとき、俺は自分の中に育っていたものを殺す覚悟をした。
***
部屋に帰るのに中庭を通ったときだった。ベンチのところで椋さんと一成さんがスマホを覗きながら盛り上がっていて、足音に反応してかこっちを振り返った一成さんが俺に声を掛けてきた。
「あっ、アザミン!ねね、ここってつく高の近くだよね?」
向けられたスマホに表示された地図は、確かに俺の通う高校の近くで。頷いて、手招きされるままに隣に座る。再び覗かされた画面には、今度は色とりどりのアイスが映し出されていた。
「京都にある話題の映えアイスの専門店が、期間限定でここにオープンしてるんだって。ほらほら、この星のトッピングのとか、超~キャワじゃない?むっくんはこっちのお花のが好きなんだって。ね?」
「うん!花束みたいで素敵だなぁって…!カラフルで、見てるだけで楽しくなるよね」
鳥、ハート、猫、色々な装飾が施された、彩豊かなアイスの数々がどんどんスクロールされていく。ね!?と両側からキラキラした目を向けられて、まぁ、確かに、と口にする。
「綺麗じゃん。なんなら買ってくるか?つく高の近くなんだろ。そのクリーム激盛りのとか十座さん好きそうだから九門も言えば来るだろ。二人いれば全員分も買ってこれるだろうし」
「マ!?じゃあ……あー……、アザミンにはちょーっちキツいかも……」
一成さんが急に口を濁す。なんだよ、さっきまであんなに盛り上がってたのに。
「女ばっか並んでるって?そんくらいコスメ売り場で慣れてっけど」
「そうじゃなくて…映える以外にも、流行ってる理由があって」
「そうなんだ、あのね!」
勢いよく身を乗り出してきたのは椋さんだ。さっき以上のキラキラな目で見つめられて、ひとつの可能性が頭をよぎる。もしかして。
「ここのキャンディーバーはあたり付きなんだ。ほら見て、このいちごのとかすっごく可愛いよね……!!」
細い指が示したいちごの他にも、レモンやオレンジ、マンゴーにブルーベリー、色々な果物が凍り固められたアイスバーが並んでいる。こんなのもあるんだな。
「あたり付きって、棒に『あたり』って書いてあったらもう一本貰えるってヤツだよな」
寮でも夏になると寮でも夏になるとよく見かけるソーダアイスもそうだったはずだ。いかにも九門が好きそうな名前の銀紙に包まれたバニラバーも。
「そう!そのあたりの棒を持ってると、恋が叶うってジンクスがあるんだって!!」
「こ……!?」
京都のお店であたりが出た子があたり棒をお守りにして告白したら成功して、それが口コミで広がって、成功例がいくつも出てるんだよ。東京での出店前から話題になって、ハートのワッフルコーンとかユニコーンのパンケーキアイスよりもフルーツバーの方が人気で、売り切れちゃってるときもあるんだって!
「ボクのクラスにも買いに行くって子がいたよ。いいなぁ、憧れるなぁ……」
うっとりと語る椋さんを横に、俺は動けないままでいた。そんな俺を見かねてか、そういうわけで、一成さんが俺の肩を掴んで正面を向かせる。
「今の話もあるし、まだ東京出店したばっかりで激混みみたいだから、すぐには頼まないよん。もしかしたら来週とかお願いするかも。ありがとね、アザミン」
そう言って一成さんはウインクを投げてきたけど。俺は曖昧にうなずくことしかできなかった。
あの人がああ言ってくれたのはきっと、俺が「恋なんて早い」「破廉恥だ」って言い出すと思ったからだろう。その通りだ。「恋」だとかそんなものは俺みたいな高校生には早い、大人になってからするものだと思っている。
だけど、俺は自分の中の――ふたつも年上のくせに年下みたいなやつに抱いている感情がそういう名前をしてるかもしれないって、気付いてしまっていた。
***
「んー、冷たくておいしー」
たまに寄り道する公園の木陰のベンチで、九門はオレンジが固められたフルーツバーにかじりついていた。
始まりは、俺の一緒に帰れないってLIMEだったと思う。ホームルームが長引いてるから先帰れって、担任に見付からないように送ったメッセージに帰ってきたのは、「じゃあちょっと近くで買ってきたいものあるから公園で待ってて!」という言葉だった。何を買うのか知らないが、一度は別になると思った帰りが一緒になるなら嬉しい。そう思ってOKの返事をして、俺が待つ公園に現れた九門は、
「莇!これ一緒に食べよ!」
件のアイス屋のロゴの入ったでかい袋から取り出したアイスを差し出しながら言ったのだ。
「なんでいきなりこんなもん買ってきたんだよ」
渡されたブルーベリーバーを咥えながらの俺の言葉に、九門はんー?と生返事をする。
「あっちのローソンの方の赤いビルあるじゃん、あそこに期間限定で出てるアイス屋なんだって。クラスの奴が話しててさ。チョコ生クリーム練乳がけのが評判らしいから、兄ちゃんと椋におみやげ!」
見てたらお腹すいちゃって、フルーツのならさっぱりしてそうだったからいっぱい買っちゃった!見せられた袋――フリーザーバッグの中には十何本はありそうなフルーツバー。
「いっぱいって……まぁ寮だったらあっという間だろうけど」
アイスをなめる。九門は椋さんの言ってた「恋が叶うお守り」としてのジンクスの話はしてこない。知らないのだろうか。だけど、クラスでアイス屋の話を聞いて、現地にも行ったなら、知ってる方が自然だ。
俺がジンクスを知ってることを知らなくて、俺が恋だとか苦手だからと話題にしてこないのだろうか。それとも。
(……九門に叶えたい恋があるのを、知られたくないから、とか)
もし、そうなら。こんな「恋が叶う」なんてジンクスにすがりたいくらい、恋を叶えたい相手が……九門にいるんだとしたら。
ぎゅうっと、心臓が締め付けられたみたいに苦しくなった。少しでも紛らわせたくて、握ったアイスバーに荒くかじりつく。アイスの中から木の棒が頭を出す。手に持つ部分とは違う、焼き付けたような濃い色がそこに見える。
「これって……――」
「あーーーーー!!!!」
隣から聞こえたでかい声に思わずそっちを見る。目をキラキラさせた九門が掲げたアイスの棒には、はっきりと「あたり」の文字が躍っている。
「見て莇、あたり! これ、お守りになるんだって! 実はオレ、フルーツキャンディーにしたの、これが欲しかったからってのもあるんだ」
「お守り、って、」
恋の。
そう口にした俺に、九門は目を見開いた。知ってた?と問う九門に、この前、椋さんと一成さんが、と口にする。やってしまった、という顔で莇は知らないと思った、なんて言う九門の言葉が頭に入ってこない。だって、本当に、
(九門に、叶えたい恋が、)
さっきと比べものにならないくらい、胸が壊れそうにきしむ。でも駄目だ。いつも通りにしないと。
「……いんの、好きなヤツ」
やっと出た言葉は、いつもの俺は到底言わないようなセリフだった。俯いた俺を見た九門が、何か言おうとして口をつぐんだのがわかった。姿勢を変えたのか、ベンチの上で動いた音のあと、九門の声が聞こえる。
「……いるよ。特別な子。嫌われるのが怖くて、好きって言えないくらい」
いつもの騒がしいのとは全然違う、穏やかな声だった。表情を見なくても、どれだけその相手を思ってるか、嫌ってほど伝わってくる。
「……ほんとはさ、好きって言わないつもりだったんだ。だけど、どんどん好きになっちゃうからさ。我慢できなくなりそうで、だったらちゃんと言いたくて。だから、嫌われないようにって、どうしてもお守りが欲しかったんだ。……だから、このアイス、実は三本目」
チョコチップと、キウイと、オレンジ。なんで九門がそんなことを言うのか、俺にはわからない。
「ねぇ、莇」
落ちてくるやわらかい声に顔を上げる。まっすぐに見つめてくる金色は、見たことないくらいにやさしい色をしている。
「オレの好きな子はね、」
――恋が叶うジンクスは、本当だったのかもしれない。俺が食べてたブルーベリーバーに見えてたのも、多分あたりの三文字だったから。