もっと。4

2023.2発行「もっと。」の一部ですが、気に入ってるので再録します。

「九門、上がった」

聞こえた声に返事して、キッチンを片付ける手を早めた。最後のお皿を水切り籠に置いて水を止めて、リビングに顔を出す。ほかほかの莇はなぜかオレのパーカを羽織っていた。大きめのパーカの袖は莇の指の第一関節くらいまで覆っていて、なんだろう、危うくてかわいい。

「おかえり。どこから持ってきたのそれ」
「洗濯機んとこ掛かってた。いいだろ、これあったけえし。九門の匂いするし」

袖口を口元に当ててすん、と息を吸う姿に、どうしようもなく揺さぶられる。洗面所に干して取り込み忘れてたものぐさな数時間前の自分をちょっと褒めたくなりながら、莇をソファの前に座らせる。オレもその後ろ、ソファに座って莇の肩に手を置く。莇がお風呂から出てきたらマッサージしてあげるって約束だったから。

「肩だけでもやって貰えるとよく眠れるから助かる」
「莇最近忙しかったもんね。明日休みだろ? 夕飯の片付けもさっき終わらせたし、溜まってた家事オレが済ませてあるし。今日もさっさと寝てゆっくりしてよ」

首から肩、背中。手のひら全体で圧をかけて、親指で押し込んで。疲れた身体が楽になりますように、願いながら手に力を込める。

「ありがと。じゃ、久しぶりになんか観っかな……んぁっ」

「んぁっ」。莇の口から出た声に、一瞬身体が固まる。落ち着け、オレは今マッサージしてる。ベッドで聞くみたいな声がしたからってそんな、

「ん、そこきもちー。指、強くして……ひゃう」

オレが無心に、って念じながら手を動かす間にも、莇は何度も甘い声を上げてきて、たまに身体をうねらせて。一通りのマッサージを終えるころには、オレはすっかり煽られきってしまっていた。ソファに座ったまま、少し低いところにいる莇に後ろから抱きついた。首筋に顔を埋めて名前を呼ぶ

「あざみぃ……」
「ぁ……んだよ、情けねぇ声。そこくすぐってぇんだけど」
「莇、誘ってるよね?」

直接訊いてみても、莇は何も言わない。オレがぎゅうぎゅう抱きしめる力を強めながらねぇ、と急かすと、オレの腕の中で振り返った莇は、緑色をいたずらっぽくきらめかせながらオレの胸によりかかってくる。

「嫌?」
「嫌なわけないじゃん! 珍しいなって思っただけで」

だって、身体つらいでしょ?被せるくらいの勢いで返して、すべすべの頬にキスを落とす。髪を指ですきながら、さっきまで散々重ねて赤さを増した唇に反対の親指で触れる。

「そりゃお前、俺が何度無理っつっても全然止まんねぇし、腰は痛ぇし、まだなんか入ってる感じするけど」
「う……」

唇に触れていた指は莇の手に捕まって、首を撫で下ろして、大きく開いたパーカの襟口、鎖骨まで導かれる。長い指はオレの指ごと、オレが散らしたいくつもの痕をなぞっていく。

「湯船浸かりながらすげーつけられたなって思って、そのときのお前の必死な顔思い出したら、奥の方ぞくぞくして、もっと欲しくなっただけ」
「……あざみ」

目の前のひとを呼ぶ声は、自分でも呆れるくらいに低くかすれている。もちろん莇にもそれはバレていて、おかしそうに笑う顔が、すごくきれいだと思った。莇は中途半端な姿勢からこっちに身体を向けなおして、ゆるくオレの肩に腕を乗せてくる。

「俺も好きにするからさ」

首に回された莇の腕に力が入って、オレはソファの上からひきずり下ろされる。反射的に腕をついたものの、それでも当然、オレは莇に多い被さる体勢になっていて。

「お前も俺のこと、好きにして」

九門にされることなら、なんでも気持ちいいから。吐息が触れる距離で、世界でいちばんきれいな若葉色が誘う。

「…………莇、いつの間にそんなおねだり上手になっちゃったの……」

昔はことあるごとに「破廉恥だ!」ってなるくらい初心だったのに。出逢ったころのことを口にすれば、莇は楽しそうに声を上げて笑う。

「お前にだけだよ、こんなこと言うの。……好きだろ?」
「だいすき」

長いまつ毛に縁取られたまぶたにキスをする。頬に、耳に、鼻にと繰り返すと、両頬を掴まれて莇の方から呼吸を飲み込まれる。最初から開かれた唇に舌を差し入れて、出てこようとしていた莇のそれを絡め取る。くちゅ、わざと音を立てて吸ううちに、頬を掴んでいた手は頭の後ろに回って髪に指を絡めて、オレの頭ごと引き寄せてくる。わき腹から腰まで、莇の好きな力加減で撫で下ろす。ぴくり、オレが時間をかけて敏感にした身体が反応するのがかわいくて仕方ない。
唾液が顎を濡らして、くらくらするくらいに長く重ねた唇を離す。焦れた長い脚がオレの腰に巻き付いていた。お互いにすっかり主張した熱いものが布ごしに擦れる。

「……もっと?」

オレを見上げてくる緑色はどろどろに溶けて熱に潤んでいる。頬を欲に染めた莇は、荒い息と一緒に甘い声で吐き出す。

「もっと」

莇は頭を撫でるオレの手を心地よさそうに受け入れて、赤い舌をちらつかせてくる。これ以上煽ってオレをどうしたいんだよ。
もう、泣いても嫌がっても朝まで離してあげない。甘え上手なかわいいひとに誘われるままに、オレはもう一度唇を重ねた。