歌が聞こえる。流れる水みたいに透き通ってて、やわらかくてあったかくて、すげー心地いい。日本語じゃない歌詞は頭を素通りしていったけれど、それでも、ずっと、聞いていたくなる。
確か、前を見てなくてすっ転んだんだ。いつもと違う公園だったから、ってのは言い訳になっちまうけど。
新しいトリックキメて嬉しそうにこっち見るから、すげーって、かっけーって、心から言ってやったんだ。そのときあいつが笑った顔が、ものすごく綺麗で。目が、離せなくて。足元崩したのも仕方なかったと思う。
歌声は続いている。少し甘さを含んだ声。花の咲き始めるころ、春のはじまりみたいな声だ。
――空気が動く気配がする。俺はゆっくり頭を撫でられていた。ヘアバンドがずらされて、額の汗が空気に触れて気持ちいい。額に触れる指と一緒に、小さく笑うのが聞こえる。
「暦」
歌がやむと、代わりに俺の名前が降ってくる。何度も、何度も。
「暦」
この声で、この温度で紡がれる自分の名前が好きだ。
「レキ」
何度でも呼んで欲しい。
「れき」
だから、もうちょっと、
「……起きてるだろ」
耳に直接落とされた吐息に、俺は跳ね起きた。ぞわぞわした感触が残る耳を両手で抑える。なんか、こう、反応しそうだった。おそるおそる、今いた方を振り返る。
「おはよ、暦」
木漏れ日の下、ランガが笑う。倒れた俺を木陰まで引きずってきてくれたのだろう。本当に格好がつかない。
「ごめんな。手間かけて」
ランガの隣、木の幹に背中を預ける。腕の当たる距離。ランガが肩をぶつけてくる。
「お互いさまだよ。暦が寝てて暇だから、寝顔見ながら歌ってた」
暦も、よく妹にしてるって言ってただろ。
寝てて暇だからって。寝顔見ながらって。ちょっと跳ねた心臓は、弟扱いで元に戻った。うちのちびたちと同じ扱いなのは納得がいかない。転んで気絶までして言うのもなんだけど、男としてかっこよく見られたいのだ。
特に、ランガには。
「さっきの、何の歌?」
英語ネイティブに返された流暢な発音は、俺の耳では意味を捉えることはできなくて。
「……なんだって?」
「今は教えてあげない」
言葉ではそう言うランガの、目元や口元、英語でこぼされたその声の色で、なんとなくどういう歌かは想像できてしまって。
(期待、しちまうだろ)
言えない言葉の代わりに、ぶつかる肩に頭をあずけた。
「そういえば俺どこに寝かされてた?」
「足しびれた」
「……え?」