添い寝

 いつもみたいに一緒に滑りに行く前に、ボードのメンテをしてくれるって、暦が言ったから。俺が向かったのは、いつもの海の見える公園でも、通学路の待ち合わせ場所でもなく、赤い花が咲く暦の家だった。
 暦に似た色の前でボードを止めて、着いたとメッセージを送る。いつもはすぐに返事が返ってくるのに、画面にはなんの変化もない。
 そっと、敷地の中を伺う。建物の前まで入ってみる。開け放たれた部屋を覗く。
「暦ー?」
 返事はない。ぱたぱた軽く走る音。向きを変えて近付いてくる足音。ひょこりと顔を出したのは、暦の上の妹の月日ちゃんだった。
「こんにちは、月日ちゃん」
「いらっしゃい、ランガくん。入っていいよ」
 お言葉に甘えて、上がらせてもらうことにする。こっち、と先導する彼女についてたどり着いた部屋では。
「………暦」
 休日の午後のやわらかい光の中、暦は畳の上にダイノジになって眠っていた。いや、大の字ではないか。肘は折り曲げられて、その両腕は片方ずつ双子の妹を乗せて、頭をゆるく抱き寄せている。
「絵本読んであげてるときとか、よく一緒に寝ちゃってるんだよね」
 暦はよく七日ちゃん千日ちゃんに絵本を読んであげるらしい。身体をよじ登られたり、抱っこして走ったり、他にもいろいろ。
 暦の面倒見が良いのは身をもって知っていた。俺に根気よくスケートを教えてくれて、バイトでもお客さんの相談に親身になって、最近ではSでだって。
 暦は大きな口を開けて寝ている。この前授業中に寝てて先生に叩かれた時と同じ寝顔だ。
 お兄ちゃんな暦と、俺のクラスメートで親友の年相応な暦。俺の好きないくつもの暦を一緒に見られた気がする。そのことが、すごくうれしい。
「ランガくん、これ」
 どこかへ行って戻ってきたらしい月日ちゃんが渡してくれたのは、薄いブランケットだった。いわく、お兄ちゃんの部屋からひっぱつてきた、とのこと。
「ありがとう」
 言えば、月日ちゃんは少しだけ目を見開いて。
「どーいたしまして!」
 暦に似た笑顔で笑った。
 ブランケットを広げて、三人にかけてあげる。ばさり、はためいたブランケットからは、暦の部屋の匂いがする。
 ――月の明るい夜、窓からの光を被ったブランケットで遮って。全身を暦の家の匂いに包まれて、脚を指を絡ませあって。深さを増した赤に囚われて、何度も何度も呼吸を奪い合った。ブランケットの匂いは、どうしようもなく、そんな時間を思い出させて。
「…………」
 そう思ったら、欲がでてきてしまう。七日ちゃんの頭を乗せて抱き寄せる腕。そこは俺のものなのに、なんて。
 面倒見の良いお兄ちゃんな暦も大好きなのに、もっと、俺だけを見ていてくれる暦でいて欲しい、なんて。
「わがままになっちゃったな」
 でも、それもこれも暦が俺のことを甘やかすからだ。きっと俺は、とっくに暦なしじゃいられない。暦には一生かけて責任を取って貰わないと。
 少しだけ、ブランケットをめくる。暦と妹の間に頭を突っ込む。薄い布でできた暗がりの中、隣の体温に身を寄せる。頭を擦り付ける。
 誰が見にくるかわからない、それでも今はこうしていたくて。
 暦、起きたらどんな反応するかな。赤くなって固まって、それから、俺だけを見る時の瞳を見せてくれるかな。
 想像しながら、目を閉じた。