コンビニほどじゃないけど、購買のパンは季節でメニューが変わるらしい。三年生の出席も少なくなって競争率も下がった二月、今日の戦利品は暦おすすめの冬限定増量焼きそばパンと、同じく初めて見たチョコレートパン、それからいちごの菓子パンだ。いちごの赤に何を思い出したかなんて、言うまでもなく。
早く暦と食べたい。足早に教室に帰る途中にすれ違ったクラスメイトは、顔と手首が濃いピンク色をしていた。
「………………!?」
思わず振り返ってその姿を見る。廊下を歩いていく後ろ姿でも手首は確認できた。正確に言えば、濃いピンクの丸いものをいくつもくっつけていた。よく見ると髪や袖にもついていた。
あいつは一体なんなんだ。食べ終わってから、隣の席の暦に聞いてみる。そしたら、
「ああ、今年も出たよな、妖怪春のパンまつり」
余計にわからなくなる答えが返ってきた。
「キャンペーン?」
「パンメーカーが毎年やってるんだよ。シールの点数集めるとお皿がもらえるやつ」
ほら、これ。暦がスマホを差し出してくる。サイトを開いてくれたみたいだ。隣席に机ごとくっつけて、頭を寄せて暦のスマホを覗き込む。パッケージにシールがついているのを台紙に集めて交換、との説明がある。なるほど、いくつもくっつけていたのは点数シールだったんだ。
「あいつ家族で集めてるらしくてさ。昼にパン食ってるやつのシール貰って歩いてるんだよな。中学の頃から毎年」
「それで妖怪……」
うまいことを言い出すやつもいたんだな。あれだけシールが集まるなんて、気前がいいやつが多い。たぶんその「妖怪」が、それだけの人柄なんだろうけど。
暦のスマホに手を伸ばす。肩がぶつかる距離。そのままなんとなくキャンペーンサイトをスクロールしていく。
ハッシュタグの企画があるみたいで、SNSにも色々な使用例が投稿されている。ハンバーグやシチューみたいな夕食もあるけど、バケットにサラダ、トースト、それからそのメーカーのパンとか、朝ごはんらしい写真が多い。ピザ、シリアル、オムレツ。
「……ランガのオムレツ、食いてーな」
不意にこぼされたの暦の声に、暦の方を見る。至近距離で目を見張る俺に気付かずに、暦は続けて落とす。
「前泊まったとき朝飯に作ってくれたのめちゃくちゃ美味かったんだよなー……サラダとパンと牛乳と、毎朝そんなだったら、すげーしあ、わ…………」
言いながら、俺の視線に気付いてこっちを見た暦の声がしぼんでいく。たぶん、俺は暦のいうところの「きらきらした目」で暦を見てる。それで何かを察したのか、暦の顔中がじわじわ染まっていく。
「ランガ」
「なに」
「俺、声に出てた?」
「うん」
「いつから」
「ぜんぶ」
途端、暦は机に突っ伏した。腕に顔をうずめてしまう。少しだけ見える耳が赤い。
「暦」
肩を揺さぶる。腕は頑固に顔を見せようとしない。仕方なく、暦と同じように机の上に曲げた腕に頭を倒す。手を伸ばして赤い髪に触れる。頭だけ暦の方に向けてささやく。
「ちゃんと聞きたい」
たっぷり一分は経っただろうか。突っ伏したままの暦かのろのろと俺の方を見た。腕に埋もれたままの顔から目だけが覗く。まだ耳まで赤い。少しだけ目をそらして、俺にだけ聞こえる声で言う。
「……朝起きたらおまえがいて、朝飯におまえのオムレツ食べて、いつかそういうの当たり前にしたいって、ずっと思ってる」
いや、毎日は違うな、ちゃんと俺も作るし。言い訳みたいに付け加える。本心だとわかる色。どうしよう、こんなの。
「ふふ」
「……笑うなよ」
伏せた腕の中、下を向いて肩を揺らす俺にかかる、拗ねたみたいな可愛い声。でもそんなの無理だ、頬を緩めずにはいられない。だって、暦の未来の日常に、当たり前みたいに俺がいる。そんなの、うれしいに決まってる。
まっすぐ暦を見つめる。俺はきっと笑ってる。でも、表情だけじゃ全然足りてないはずだ。すごくうれしいって、とても愛しいって、心の中が全部伝わればいいのに。
暦は一瞬息を詰めて、それから俺の髪をくしゃくしゃにかきまわした。くすぐったい気持ちがふくらんでいく。
「もっと聞かせてよ、将来のプラン」
頭を手にすり寄せてねだる。少しかさついた手が、髪から頬に下りてくる。拗ねたみたいな声が落ちてくる。
「お前うかつすぎんだろ……どうすんだよ。休みの日一日中」
抱いてたいとか言ったら。
後半はほとんど聞こえないくらいで。そんな大胆なことを言うくせに恥ずかしがりなところもかわいくて、にやにやするのが止められない。
「それもすごくいいけど」
口を開けて固まるが暦が見える。頬を撫でる手を握って、ゆっくり顔から離す。
「一日休みなら、一番はやっぱりスケートしたい」
暦と一緒に。
握った手を拳の形にして、自分のそれをぶつける。
「……おれも」
丸を作った指先を合わせる。目を合わせる。
やっぱり暦はサイコーだ。こんなに俺を幸せでいっぱいにしてくれる。
いますぐ滑りに行きたかった。
「でも、俺も暦とたくさんしたい。だから一日中より毎日がいいな」
「……おまえほんとにさあ」