流れ星【A3】

SS

流れ星の話。
※みんなのお盆事情とか把握してないで書いたので大目に見てください
※何も起きない

「流れ星!見よう!」

九門がそう言ってきたのは、莇が朝食後にコーヒーを飲んでいる時だった。向かいに座った九門は臣お手製のサンドイッチを頬張りながら「今日の夜いっぱい見れるんだって!」などと言い募る。

「食ってから喋れって」

一蹴しつつも莇は空いた手でスマホに触れる。「ながれぼしいっぱい」となれば流星群だろうと当たりをつけて今日の日付――八月十三日と一緒に検索すれば、画面には『ペルセウス座流星群 極大日』との文字が表示される。グラスの牛乳を飲み干した九門に向ければ、それ!と大きく頷かれた。

「これ、夏組で天馬さんとこ泊まって見るっつってたやつじゃね」
「そー!その天馬さんが仕事ずれて泊まれなくなっちゃってさ。そしたらカズさんも別の予定入れたいってことになって、夏組みんなではナシになったんだ」

椋も幸も帰っちゃってるしなー。食べ終えた皿を重ねた九門が言う。世間でいうところのお盆休み、寮から実家に帰っている劇団員も多い。元々は井川の車がそれぞれの実家を回って拾っていく予定だったらしいが、当然それも叶わなくなった。
残念そうに眉を寄せてテーブルにのびる姿を眺めながらカップを口に運んでいると、ぱちりと開いた金色が莇を見上げてやわらかくほころぶ。

「だったら莇と見たいと思って」

コーヒーが気管に入るところだった。咽せかけた莇に心配そうに迫ってくる九門を制して、俯いて呼吸を整えてから息を吐き出す。
別に特段おかしなことを言われたわけではない。組を跨げば一番仲がいい自覚は、まぁ、ある。楽しみにしていたイベントをせめて別の人と、という相手に兄でもなくかつての女房役でもなく選ばれて悪い気はしない。けれど、それだけじゃないのが厄介だった。
万里などの例外はあるが、人懐こい九門は一部を除けば誰に対しても笑っていることが多い。大きく口を開けた眩しいくらいの笑顔は、多くの人の前で見せる表情だ。
けれど、時々莇に向ける笑顔はそれとは違うのだ。今もそうだ。もっとやわらかくて、なんだかあまったるくて、莇はむずがゆいのを抑えられなくなる。いつからか、それが自分にだけ向けられるものと知ってしまったから尚更だ。
ちろり、盗み見た九門はよく見る情けない表情をしている。莇の視線に気付いてか、テーブルに身を乗り出して覗き込んで来ようとする。

「莇?大丈夫?やっぱ夜はダメ?」

心配してんのかねだってんのかどっちかにしろ。そう思ったのは口には出さず、顔を上げて言ってやる。

「……何時」
「え?」
「空見んなら上の階のがいいだろ。何時にそっち行けばいい」

ぱぁっと明るくなった金色から逃れるように、莇は一気にコーヒーを煽った。

約束の時間。二〇三号室のドアをノックした莇を迎えた声は、想像していた人物のそれではなかった。

「いらっしゃい~」

三角の声が飛んでくる。お邪魔します、と落としながら、莇は九門が出てくると疑っていなかった自分に気が付いた。どころか、部屋には莇と九門のなのだと勝手に思い込んでいた。寮は二人部屋、三角がいるのは当たり前だ。

(確かに予定が合わなくなったって話、三角さんのことは言ってなかった、気がするけど)

でも、だったらなんであんなに。

「……あんなに?」

自分は何を思って、何を期待したのか。思考に囚われそうになった瞬間、腕に何かが触れる。上向かされた両手に重みを感じた。足元に落ちていた視線を上げると、手のひらサイズのさんかくくんが乗せられている。

「は?」

そのまま手を引かれて部屋の中へ導かれる。部屋の中にある違和感が何かと考えて、すぐに気付く。そうだ、あの騒がしい存在感が、姿どころか気配ごとないのだ。

「あちらへどうぞ~」

導かれる窓辺。そこから見える、切り取られた星空。まさか。

「くもん、上にいるよ」

窓から身を乗り出した三角が空に向かって手を振る。すみーさん、あざみ来た!?と無駄にでかく聞こえるのは紛れもなく探し人の声だ。
――あのやろう。莇は拳を握りしめた。

結局、三角の身体能力と部屋の中のものに足場になってもらって、屋根の上にいた九門に引っ張り上げられた。もちろん莇だって秋組のアクションをこなしている身だ、運動神経には自信がある。なんとなかったからよかったものの、予告なしにやらせるのはやめて欲しい。
並んで座った屋根の上、そんな文句を言ってやる。でも。

「ごめん、でもここで一緒に見たかったんだ」

一番上って、特等席じゃん?
そうやって微笑まれたら、何も言う気がなくなってしまった。まぁ、上の方がいいから二階の部屋で、と言ったのは自分だったし。

「てかさ、断られるかと思った」

隣の男は肩をぶつけながらそんなことを言う。屋根の上に引っ張り上げられたときに握られたままだった手に初めて気付いて、肩を押し返すついでに離した。

「別に。気ィ向いただけ」
「だっていつももう寝てる時間でしょ?」

時間はもうすぐ十二時になる。確かにいつもは寝ている時間だ。しつこくシンデレラタイムと言っているのを覚えていないはずがない。

「まぁ、たまには起きてることもあるけどな。この前幸さんの衣装とメイク擦り合わせてたらテッペン超えてた。あとワールドカップ決勝延長した時とか」

そんなたいしたことじゃない。そう言えば目を真ん丸にして見つめてくる。

「そうなんだ!えー、いつもみんなにあんなキビシーのに」
「俺は夜更かししたらその分昼間寝たり食事気ィ付けたりでなんとかしてんだよ。つか公演中じゃなきゃそこまでうるさくしてねぇだろ」
「ええ……?」

何か言いたげな表情をじとりと見つめる。

「甘いもん見境なく食うとか、昼間仕事で徹夜で画面見て深夜にエナドリにジャンクフード食うとかする方が悪い」

そこまで言えば、九門は眉を下げて笑う。

「兄ちゃんはたまにだから許してあげて……至さんはオレも庇えないなー……」
「たまにか……?つか人の事言えんのかよ、今日だって日焼け止め忘れやがって……あ」

空の端に、光が、ひとつ。

「……流れた」
「え!?どこどこ!?」

もちろん、そう言ったころには星は落ちきっていて。今度は二人して空を見つめてしまって、星空の下に沈黙が落ちる。二人同時に声をあげたのは、数分も経ってからだった。

「流星群っつっても思ったより流れねんだな……」
「うーん、カズさんはこのくらいの時間にいっぱい流れるって言ってたんだけどなー。って、あ」

瞬間、ひとつふたつ、重なるように星が流れた。それを見送った後、思い出したように九門が叫ぶ。

「願い事!」
「なんか違くね?」

そう言って伺った隣はすでに目を閉じていた。両手を重ねて何やら祈っているのだろう。立てた膝に頬を預けて、横顔を眺める。黙っていれば大人びて見える姿を見て、思う。
――今、莇は九門と流れ星を見ている。この瞬間はきっと、宝物みたいな奇跡だ。

だって、九門は気付いていない。幸とのこともサッカーのことも、成り行きの夜更かしだ。話に夢中になって時間を忘れてた、身体も興奮してて寝付かなかった、それだけだ。
ケチでうるさい目付け役に規則正しく育てられた莇は、スキンケアを抜きにしたって早寝が身についてしまっている。修学旅行で志太と示し合わせた時だって、日付が変わる前に寝落ちてしまったくらいだ。
そんな莇が、昼間寝溜めしてまで起きてようと思ったことなんて、これが初めてだった。
どんだけ特別なことか、九門は知らない。どうして特別かなんて、莇自身にもわからない。でも、莇がそうしたいと思ったのだ。

高三の九門は先月誕生日を迎えて十八になった。大人だ。たった百日弱の間、二人の歳の差はみっつになる。どうしたって追いつけない距離を、一際強く感じる。今この瞬間、こんなにも近くにいるのに。

顔を上げた先に流れる光を見付けて、目を閉じる。流れ星で願いが叶うなんて思っちゃいない。だけど。
こいつがこれ以上、俺から離れていきませんように。
ささやかに、星に願った。