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『君がくれる痛み』

トリックを失敗した時にできる傷が結構好きだ。上達するごとに減る傷は、自分が夢中で努力した印みたいで誇らしい。  最近好きな傷が増えた。背中に赤く走る引っ掻き痕は、俺があいつをよくしてやれたっていう何よりの証だから。  思わずにやける。この痛みならもっと欲しいって思うのは、変態くさいかな。
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『だんまり』

相棒は拗ねると何も言わなくなる。今だって俺のベッドの上、布団を抱いて背を向けて壁に向かって動かなくなってどれくらい経っただろう。  いい加減機嫌直せよ。雪色をかき分けて白い頬に唇を落とす。ぴくりと動いた身体はそれでもこっちを見ない。  ちゃんと口にしてえんだけど。悔しそうな青に睨まれた。
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『ふいに落ちた沈黙』

海色がすぐ近くにあった。 息が混じる距離、弾んでた会話が途切れて、互いに言葉がなくなる。 綺麗な青に俺が映ってるのが見える。呼吸が止まる。落ちた沈黙は湿度を帯びて、瞳がやわらかくほころんで。唾を飲み込む。――あと、ちょっと、  ――飛び込んできたちびたちの声に、俺たちは揃って崩れ落ちた。
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『猫可愛がり』

暦と同じ学科のヤツ曰く、暦は猫を可愛がっているらしい。大学にいるのか、通学路か。それともミヤの事か。  可愛がるなら俺にすればいいのに。そう思ってたら暦の学科のそいつは笑って猫の事じゃないって日本語を教えてくれた。  惚気話ばっかりしてくる、恋人を猫可愛がりしてるって。  …それってつまり、
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『ほんの一瞬の出来事』

玄関で鳴ったチャイムに「俺の通販」と恋人の声。振り返って見えた姿は玄関に向かう、かと思ったらダイニングに入ってきて。  はんこ置きっぱなしだった?テーブルを探ろうとした途端、後ろに引き寄せられて、影が重なって、一瞬。  玄関の音に我に返る。唇を押さえる。ああもう、どうやり返してやろうか。
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『僕を呼ぶ声』

朝、いつもの待ち合わせ場所に来た時。  授業中、微睡んでたのに声を掛けた時。  昼休み、動画を覗き込んだ時。  放課後、サイコーなトリックをキメられた時。  夜、熱を分け合って見つめ合う時。  どんな時でも、その唇から紡がれるたびに、自分の名前がもっと好きになっていくんだ。  それから、おまえのことも。
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『あたためてください』

「チンして食えよ」  帰りが零時を超えるとわかってた俺に恋人が作り置いてくれた夜食。ポテトにソースとチーズ、自分は食べないのに俺の好きな物を作ってくれててきゅんとする。  その分少し心が冷える。ここに彼がいないから。  好物よりも、身体と心ををお前とあっためたい。夜食をしまって寝室に向かう。
SK∞

狼男×人間

「今夜満月だから部屋に入ってくんなよ」  高校を卒業して一緒に暮らし始めた春、恋人は鶴の恩返しみたいな事を言った。
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『おかしくなりそう』

まだ慣れない南の島の炎天下、夢中で滑っていた俺は倒れた。日陰に寝かされ、額に濡れタオルを置かれ、扇いだ風を受ける。  迷惑かけてごめん。くらくらする中で言うと、俺にならいくらでも、と甘やかす。  もう離れられないなと零す。離れる気あんの?本気の声が返ってくる。  何だよそれ。暑さよりお前に、
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『力のない抵抗』

据え膳って言葉を聞いた。そうなろうと思った。  押し倒して上に乗って、額を付けて見つめる。触れた胸に感じる鼓動は速い。なのに固まったまま何もしてくれない。  俺の好きにするけど、いいの。身体を捩って諫める言葉を吐いてくるけど、本気なら跳ねのけられるって知ってる。  なぁ、もう諦めて襲ってよ。
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『手を出したい』

先のことはわからないって言うけど、これだけはわかるよ。未来の俺もずっと暦が好き。この気持ちは絶対に変わらないって確信がある。  今の俺は今の暦が好きだ。この先ずっと、無限に一緒にいるとしても、今の俺たちにしかできないことをいっぱいしたい。  今すぐ触れたい。触れられたい。全部。なぁ、暦。
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『遠くへ行きたい』

例えば一緒に住むとして、個室は要るから2DKにはしときたいし、食費もかかるしスケートなんてもっとだろ。そのためにもさ、稼ぐってなったら都会、大阪とか東京とか、もっと遠くに行きてえなって思うことはあるよ。  お前がすごいから。俺自身が、自信を持ってお前の隣にいられるようになりたいから。
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『もうひとつちょうだい』

旅行の準備をしてた時だ。相棒はシャンプーやボディクリームを詰めた入浴・就寝セットを確認しながら声を上げて、もうひとつちょうだい、と俺の後ろを指さした。  手元には四枚綴りの正方形が三連、俺の後ろはそういう物のストック棚。  旅先でどんだけするつもりだよ。少し呆れつつ、俺は棚に手を伸ばす。
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『思わず漏れた声』

ドリンクを煽る喉がごきゅりと動く。ヘアバンドが吸いきれなかった汗が日に焼けた首筋を流れる。運動後の肌は上気して普段よりすこし色付いている。赤い唇と舌は飲み干したドリンクで濡れている。  おいしそう。  声に出してしまったと気付いたのは、聞こえてしまったらしい年下のプロの表情を見てだった。
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『膝枕』

目を開けた先に見える、俺を覗き込む琥珀色。午前最後の野外体育、暑さにふらついた俺を寝かせてくれてた相棒。昼も食べずに体操服を着替えもせずに。そんなところも好きだ。  でももう動けるし、ご販食べて元気出さないと。彼を枕にするなら膝より腕がいい。万全でなくちゃ、その前の事もできないから。