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ロリポップ・ハニー

あったかくて、あまい。

笑い声が聞こえた気がして顔を上げる。薄く開いた台所の窓から見える外は真っ暗だ。泡のついた手をそのままに窓に近付けば、家の前の通りを歩く人が見えた。  壁時計を見上げれば十時過ぎ。もうそんな時間になるか。丼を水切りに積み上げて、泡を落とした手を雑に拭って居間の引き戸を開ける。
SS

特別

そういえば、二人だけの決勝戦をやった時は、空がうっすら明るくなってきてたっけ。  ウィールの音だけが響く中、ふと考えた。毎日過ごしてる街だけど、今は目を凝らさないとどこだかわからないくらいに真っ暗だ。日が長い季節とはいえ、夜明けまで多分まだあと数時間。一日で一番暗い時間は今くらいなのかもしれない。 「暦?」  並んで滑るランガが俺を呼ぶ。ちょっとぼーっとしすぎてたらしい。暗いって考えてたとこなんだし、気を付けねぇと。...
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『「もう何も言うな」』

軋むベッドの音より大きく、俺の耳に届くもの。  れき、すき、もっと。離さなと言うように頭を抱かれて、溶けそうな呼吸と一緒に注がれるいつもより高い掠れた声は、俺の熱をどんどん上げて、薄く残った理性を剥がしていく。  それ以上言われると、優しくしてやれねぇから。吐息ごと飲み込んで口を塞ぐ。
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『意地悪』

お前の表情なら全部俺のもんにしたいから。思うのも当然だったんだ、どんな反応するんだろうって。  一度に触れてた手を前からも後ろからも離す。天を仰いで泣くものも、やわらかく綻んだそこも、せつなくふるえている。  潤んだ瞳が俺を睨む。唾液に濡れた唇から落ちた言葉に、どうにかなりそうだった。
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『涙を拭う』

身体を離して隣に倒れ込む。仰向けのまま視線を向ける。荒い息に濡れた頬、淡く赤く染まった肌、絡みついてくる手足、うるんだ青い瞳に下がった眉が、めいっぱいに伝えてくる。しあわせだって。  視界が歪む。俺の目からぼろぼろ溢れ続けるそれは、小さな笑い声と共に、やわらかい感触に拭い取られた。
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『耳もとで名前を呼ぶ』

ゴールしたこいつが俺に飛びついてくるのもすっかりいつもの風景になって、押し倒された俺が冷やかされることも心配されることもなくなった。  それから、興奮冷めやらないこいつが俺の耳元に熱い吐息混じりに俺の名前を落として煽ってくるのも、いつものことで。  こっちのいつもは、俺たちだけの秘密。
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『寝ぼけまなこの君』

普段は寝付きも寝起きもいい方だ。こいつのお母さんも宮古島で同じ部屋だった二人もそう言ってた。  だからこいつがこんなに眠そうにしてるのを見るのは、前の夜夜更かしして体力使わせた時の俺だけなわけで。  まだ寝てろよと乱れた髪を撫でると嫌がるように抱き着かれる。ああもう、可愛くて仕方ない。
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『言ってごらん』

いいよ、なんでも言ってみ。一緒に住むにあたってお願いがあるって言うからそう言った。恋人のわがままならできるだけ応えてやりたいし。  でも、あいつが嬉しそうにねだったのは、毎日のおはようおやすみいってきますいってらっしゃいの、  最後のはダメだ。その日一日お前でいっぱいになっちまうから。
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『ひとめぼれ』

一目惚れってしたことある?寝る前に一緒にだらだら見てたテレビを受けてか腕の中の恋人が言ってきた。会った瞬間じゃねえけど、ある。俺の腕を掴む手にきゅっと力が入る。  高二の春、すっげー綺麗な滑り見てからずっと夢中なんだ。  指を絡めて握る。首筋に顔をうずめる。頭をぐりぐりすり寄せられた。
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『唇をなぞる指先』

完全に無意識だった。口元を拭った指が触れた唇は、幼い妹じゃなく年上の相棒のそれで。  悪い、声を掛けて離そうとした指を離せなかったのは、強く手首を掴まれたから。拭って汚れた指先はそのまま赤い口の中に飲み込まれて――  じゅっ、吸われた音に指を引き抜いた俺の顔は、どんな色をしてただろう。
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『おやすみのキス』

こいつが泊まるのも何度目だろう。ベッドの横の客用布団に転がる相棒は、いつものようにぐっすりと寝入っている。  だから俺もいつものように、こっそりベッドから出て親友の枕元に降りる。顔に掛かる前髪を上げて、額に、頬に、唇で触れる。口にする勇気はまだない。  瞬間、不満げな海色がこっちを見た。
SK∞

2021-2022年越し創作

スケートの日々の手入れは割と簡単だ。泥落とし、ナットやウィール各部の緩み確認、あとは時々オイルとか。俺の場合はギアの交換なんかはガレージでやるからだいたいの道具はそっちに置いてあるけど、普段の整備用のオイルや古布とか簡単なものは部屋にも置いている。そうしてると時々、整備しようと思った方には中身が残ってないオイルしか置いてなかったってこともあったりするわけで。
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『喋っちゃだめだよ』

確かに朝まで帰って来ないとは聞かなかった。Sならビーフが始まる時間、恋人のベッドで抱き合ってたところに聞こえた帰宅の音。  お前知ってただろ。組み敷いた相手を睨めば楽しそうに全身で絡みつかれて声が出そうになる。「喋っちゃだめだよ」耳元に囁かれて震える。  こいつの母さんが寝るまで、あと、
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『君がくれる痛み』

トリックを失敗した時にできる傷が結構好きだ。上達するごとに減る傷は、自分が夢中で努力した印みたいで誇らしい。  最近好きな傷が増えた。背中に赤く走る引っ掻き痕は、俺があいつをよくしてやれたっていう何よりの証だから。  思わずにやける。この痛みならもっと欲しいって思うのは、変態くさいかな。
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『だんまり』

相棒は拗ねると何も言わなくなる。今だって俺のベッドの上、布団を抱いて背を向けて壁に向かって動かなくなってどれくらい経っただろう。  いい加減機嫌直せよ。雪色をかき分けて白い頬に唇を落とす。ぴくりと動いた身体はそれでもこっちを見ない。  ちゃんと口にしてえんだけど。悔しそうな青に睨まれた。