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140SS

『君に預ける』

少しのミスで大怪我に繋がるから、最後の整備は自分でやる。テレビで見たスケーターは言っていた。  自分での整備も覚えさせたけど、あいつは俺に整備をねだる。作ったのが俺だからとか気持ちの面もあるんだろう。  でもそれだけじゃない。俺はあいつ自身を委ねられてる。時々思い知ってしまう。
140SS

『自分だけ知ってればいい』_R

“スノー”はSの有名人だ。完成度の高い高度なトリックも情人離れしたスピードも無茶に思える大胆な戦い方も、見るヤツを惹きつけてやまない。でも、大半のヤツは知らない。失敗して派手に転ぶ姿も、悔しそうに眉を寄せる幼い表情も、初めてキメた瞬間の花咲くみたいな笑顔も。全部、俺だけのもんだ。
140SS

『頬に落ちる雫』

頬に落ちる雨に足を速めて、目的地に滑り込む。俺の気配が増えた相棒の部屋、濡れた服を脱ぐ間にベッドに倒される。 シーツが濡れると咎めれば、雨はあの日の俺の決闘を思い出して興奮するなんて熱く耳元に囁かれて。 今から汚すなら濡れるくらいいいか。開き直って、覆いかぶさる身体をひっくり返した。
Becaue I love you

Because I love you(+) -pure-

――月が、輝いている。  窓から顔を出して位置を確認しながらハンドルを回す。縁石にぶつかる感触に動きを止め、ギアをパーキングに入れてサイドブレーキをかける。キーを回してエンジンを切ったところで、俺はハンドルに突っ伏した。
Becaue I love you

Because I love you(5) -…years later-

スケートをやりたい、って本当に思うきっかけってなんだろう。  一番初めは、ちょっとの興味だと思う。テレビで見た選手がかっこよかった。好きな芸能人が趣味だって言ってた。友達に誘われたから。そんなきっかけから、本当にパークに来たり、ボードを買ったりする人間はほんの一握りだ。
Becaue I love you

Because I love you(4) -Sunday,20th,march 12:34 NewYork-

ぴこん。片耳だけ付けたワイヤレスイヤホンがスマホへの通知を告げる。一旦スケートを止めてポケットを探る。画面の表示を見れば、ランガからのメッセージ。 『もうすぐ』  通知だけでそれを見て、アプリを開かないまま画面を暗くする。スマホを仕舞い直して、再びスケートを漕ぎ出す。両足をデッキに乗せて、ちらりと横を眺めた。
Becaue I love you

Because I love you(3) -Monday,7th,February-

日本にいるスケーターは、競技人口で四千人くらい、愛好家で数えると百万人近くになるらしい。人口の約八パーセント、クラスに二、三人の計算とすると、想像より多い。高校では俺とランガ以外のスケーターは知らなかったけど、ボードを持ってるだけくらいのヤツはいたのかもしれない。
Becaue I love you

Because I love you(2) -Wednesday,22nd,December-

沖縄にいた時は、朝帰りなんて当たり前だった。なにせSのビーフは午前零時にスタートする。あの熱狂を楽しんで、クレイジーロックを下ってこっそりベッドに戻る頃には、空が白み始めてる事も珍しくなかった。その分授業中にはよく寝てたけど、仕事してるともなればそうはいかない。
Becaue I love you

Because I love you(1) -Sunday,7th,November-

好きな事を仕事にすると嫌いになるって話があるらしい。けど、俺は多分そんな事はない。一日中だって滑ってられるし、デッキの組み方考えて夜を明かせるし、カッケー動画見てるだけでもあっという間に時間が過ぎる。誰かと一緒ならなおさらだ。日に日にもっと好きになっていってる気さえする。
SK∞

酔言

こいつがこんな潰れるまで飲む奴なんて思わなかった。肩を貸して歩かせていた意識の曖昧な相棒を自分のベッドに落として俺はそばに座り込んだ。  ランガが成人して、初めての飲酒は母親と二人で。二回目は暦の家でがいいとありがたくご指名を受けて。うちの親が引っ張り出してきた、ごちそうの時にしか開けない特別な酒瓶を開けて、ちょっとだけ俺もご同伴に与って。確かに強い酒だったし、外国の血が入ってると強い酒弱い酒も俺たちとは違うのかも知...
SS

箱から星屑

夏の晴れた空が好きだ。どこまでも抜けていくような遥かな青、その中を風を感じながら滑るのが好きだ。高いところから風の塊の中を跳ぶ感覚、空や海と同じくらいきらきらした青、そんな好きなものが増えてからはもっと好きになった。  だけど沖縄の夏は雨の日も多い。クレイジーロックも開かないし、屋根のあるパークは閉まる時間も早い。今日だって空は厚い雲に覆われて、今にも泣きだしそうだ。晴れてる日ならもっと遅くまで滑ってる時間に、俺は自...
SS

金メダル

要は風車の形からの応用だ。そこから四隅を鶴の時みたいに細長いひし形にして、その間を外側に開いてひし形を折りこむ。そこに差し込むのが、二百枚に一枚しかないこいつだ。 「……っと。んで、リボンつけて……よし、七日、千日、そこ並べ」  テーブルの縁からずっと俺の手元を覗き込んでいた双子は弾かれたみたいにどたどたと俺の前に並んだ。緑のリボンをつけた黄緑のと、黄色のリボンをつけたオレンジの。両手に持って、同時に二人にかけてやる...
ロリポップ・ハニー

後天性にょ

腕に触れたふわりとした感触がくすぐったくて、薄くまぶたを開いた。覚めきらない頭で視線を動かすと、俺のむき出し肩には雪の色をした綺麗な髪がうずめられている。
SS

暗香

――噎せ返りそうなくらいの、 「今日はどうする?」 「先週通ったところの反対側の道行ってみたい、白っぽい桜咲いてた方」 「おっしゃ!」  時は巡り、俺たちが出逢った春がまたやってきた。あいも変わらずスケートに明け暮れ、拳を合わせて笑い合う。俺の毎日の中にあいつとスケートがあって、あいつの生活の中にスケートと俺がある。それって、すっげーサイコーじゃね?  ランガの言う方のコースに向かうまでにも、いくつもの桜を通り過ぎる...
SS

歌が聞こえる。流れる水みたいに透き通ってて、やわらかくてあったかくて、すげー心地いい。日本語じゃない歌詞は頭を素通りしていったけれど、それでも、ずっと、聞いていたくなる。  確か、前を見てなくてすっ転んだんだ。いつもと違う公園だったから、ってのは言い訳になっちまうけど。  新しいトリックキメて嬉しそうにこっち見るから、すげーって、かっけーって、心から言ってやったんだ。そのときあいつが笑った顔が、ものすごく綺麗で。目が...