「いい恋人の条件って何だと思う?」
通い慣れたイタリアンレストラン、テーブルの私の向かいに座ったランガが言った。頬杖をついて、少し眉を寄せている。何か不満があったんだろうか。ランガの口から出る「恋人」に当てはまりそうなんて、思い浮かぶのは一人しかいない。
「俺は、いい恋人になる自信はあるぜ?」
カウンターから顔を出したジョーがウインクを飛ばしてくる。あーあ、そんなのランガに効かないのなんてわかりきってるのに。ウインクを飛ばされたランガは視線だけでジョーを見る。
「……確かに、ジョーはかっこいいよね」
意外にもランガはそう言った。他が見えてないわけじゃなかったんだ。大丈夫? スライム泣かない?そう思った優しい私はここにいない相手に助け船を出してあげることにする。
「ジョーは恋人には向かないんじゃない? いつも何人も連れてるじゃない。恋人って唯一の人のことでしょ?」
……私の言葉のあと、誰も声を出さなかった。ねぇちょっと、なんでみんな黙るのさ。
「……ミヤ、そう思ういい相手がいるのか……?」
カウンターでグラスを傾けてたチェリーが面白そうに見てくる。ちょっと待って、もしかしなくても酔ってるよね!?
「一般論! そういうものでしょ!? だいたいの国では一夫一婦制なんだし」
「恋人と結婚相手は違うけどなぁ~」
間延びした声を出すシェフを睨みつける。ジョーは私とランガを交互に見て、仕方ないなって言う風に肩をすくめた。
「いい恋人の条件、だったか? そうだな、気遣いができる、とか。歩道の外側歩いてやるとかはよく言うだろ?周りをよく見て、人の気持ちに寄り添ってやれるヤツは、男女問わずモテるだろうな」
「それを言うならお前は零点だな」
煽ったグラスを置きながらチェリーが吐き出すみたいに言う。差し出されたグラスに律儀にワインを注いであげながらジョーはああ? と反応する。仲がいいんだか悪いんだか。
「まず時間にだらしない。遅刻なんて常習だ。そしてこの筋肉。程よいマッチョはモテるが、一定以上は大抵の女子は引く。それから計算ができない。奢りという行為はゴリラには難しいということだな」
伏し目がちに見つめたグラスの中でワインを揺らしたチェリーは、今度は鋭い視線で私たちを指さしてくる。
「いいかお前ら。男は金だ。金があれば大抵のものは手に入る。こんな宵越しの銭も持たないゴリラみたいな相手を恋人になんかするんじゃないぞ」
あ、これは。ランガと視線を合わせる。たぶん、私とランガは同時に同じことを思った。案の定、カウンターの奥の影がゆらりと揺れる。
「そんなんだから落ち着いた相手できねえんだよ、なぁ陰険眼鏡?」
「決まった相手がいないのをお前に言われる筋合いはない、そうだろ色欲ゴリラ?」
「なんだと?」
ほら、また始まった。あの愛抱夢でさえ「こうなると長いんだよね」なんて言ってた二人のコント、夫婦漫才。二人だけならいくらでもやっててくれていいんだけど、ここには私たちもいるし、ランガは相談したがってた風だったし。もう、世話が焼けるんだから。
「ねぇパパ~、わたしデザートにフルーツがいーっぱい乗ったケーキが食べたいな~♡」
さすがに厨房に入ったことはないけど、フルーツは奥の方にしまってあるって言ってたはずだ。ここでジョーが厨房の奥に引っ込んでくれれば、しばらくは女子三人で話す時間が稼げる。
どうだ、私の作戦は。顔の前で手を組んだおねだりポーズで、うるませた瞳で上目遣いに見詰める。しばらくして、オーナーシェフは呆れたみたいに息を吐きだす。
「ったく、しょーがねーな……ちょっと待ってろ、持ってくるから。この酔っ払い見といてくれよ」
そう言い残して奥に向かう大きな背中を見送って、カウンター席に向かう。言われた通り、お酒に顔を赤くしたチェリーを横から覗き込む。
「……それで、チェリー的には? 一緒にいたいと思うのって、どんなところ?」