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背に流る青の所以
#akty


 その日届いた献本に載っていたのは、オレたちが高校生のころからの軌跡を辿った特集だった。四人の写真はもちろん、三田や遠野と写った写真、冬弥と二人の写真もある。練習風景のそれは当時こはねが撮ったものだと一文が添えられていた。
 幼さの残る自分たちを眺めて、それから隣に目をやる。同じソファに腰掛け一緒に雑誌を覗く相棒の髪型は、写真のそれとは異なっている。

「髪、ずいぶん伸びたな」

 さらり。項で結われ、背中に流れる青色を掬い取る。オレの手に気付いた冬弥は、ああ、と反対側から自分の髪に触れた。どこか感慨深そうに、指先で髪を梳く。

「……実を言うと、丁度この頃からなんだ。髪を伸ばそうと考えたのは」
「へぇ」

 誌面の写真を指さしながら言う。傍らに並ぶ文字は「RAD BLAST」。オレたちが伝説を超えたイベントだ。

「っつーことは高二か。結構前から考えてたんだな」

 言われてみれば、高校を卒業してルームシェアをするようになった頃には冬弥の髪は結べる長さだった。服のコーディネートだけじゃなく、毎朝のスタイリングもやってやるようになった時のことをよく覚えている。まっすぐで艶やかな長い髪に触れて、オレの手で変わっていく様を見るのは楽しかった。
 冬弥がどこか困ったように眉を下げるのが見えて、眉が寄りそうになったのをなんとか抑える。気付いたことを悟られたくはない。――今の流れで、なんでそんな顔すんだよ。
 雑誌を閉じてテーブルに置く。相棒の様子に気を掛けようと姿勢を変えた時、そっと言葉が落とされた。

「……願掛けだった、と言ったら、驚くだろうか」

 願掛け。たぶん、髪を伸ばしていたのが。冬弥が。数秒かけてそう認識して、すぐには声が出なかった。

「やはり、驚いているな」
「驚いてるっつーか……まぁ、欲しいもんは自力で、ってヤツだと思ってたのはあるが」
「彰人と一緒にいれば誰でもそうなる」

 彰人と一緒だったから、俺はなりたい自分になれた。やわらかい笑顔で言われて、さっきとは別の意味で虚をつかれる。……本当に、こいつはこれだから。
 小さく声を上げて笑う冬弥はいつもの冬弥だったが、またさっきと似た表情になる。困ったような――あるいは、何かを抑えるような。

「叶えるなら自分の力で。そう思うことが多いのは事実だ。だけど、こればかりは、俺だけの力でどうにかなるものではないから。……それに、そろそろ切ろうかと思っている。」
「……ふーん、イメチェン?だいぶ変わるが、いいんじゃねぇか。ただ、短くしたらあんまアレンジしてやれなくなるな。お前の髪いじるの、けっこう好きだったんだけどな」

 無理に聞き出したくはないから、軽く返す。冬弥は目を閉じて、一層複雑そうな顔をした。

「そういう理由ではないんだ。そうだな――例えば、恋愛小説で。髪を切る理由なんて、いくつもないだろう?」
「――は?」

 恋愛小説なんてものを好んで読んだことがないオレだが、冬弥が何を言っているのかわからないほど物知らずでもない。つまり。

(……失恋)

 ――一瞬、意識が飛んでいたような気がする。要するに、オレはそれほどの衝撃を受けたということらしい。相棒の今の発言に。
 冬弥に、そんな相手がいたなんて知らなかった。気付かなかった。長年一番近くにいたのに。
 当然、冬弥が気付かせようとしなかったからだろう。そんな話があれば相談してもらえると自惚れていたことに気付いて、そうやって知らせてもらえなかったことにショックを受けている自分の傲慢さも嫌になった。
 何も紡げず口を開いたままのオレを一瞥した冬弥は、それからそっと空を見つめた。

「元々、期間を決めていたんだ。三年。それを過ぎたら諦めようと。RADWEEKENDを超えて、少しだけ自分の望みに心を向けてもいいんじゃないかと思って、願いを掛け始めた。世界を志すのを甘くみたわけじゃない。それでも、ひとつのきっかけとして。賭けてみたくなったんだ」

 オレは滔々と紡がれる声を聞くことしかできない。くるくると長い髪を指に巻き付けながら冬弥は続ける。願いを込めて、髪を伸ばし始めた。けれど。

「少し疲れてしまったのもある。……実を言うと、勝算はあると思っていた。その人にとって、自分は特別な存在だと。そこまでは、自惚れではないと思う。だが」

 その人は俺が望む瞳で、俺を見てはくれないから。
 ――だから。

 その先を口にしようとした冬弥の動きが止まる。自分の髪をもてあそぶ手を、オレが掴んだからだ。アイスグレーの視線が注がれるのを感じながら、その長い髪を見つめる。

「……そんな見る目ねえヤツのために、この髪切っちまうのかよ」

 冬弥の誠実さと純粋さをそのまま映したみたいな、細やかで美しい髪。それを、冬弥が寄せる気持ちに気付きもしない、熱くて清廉で夢に本気で音楽が好きでクソ真面目で努力家で危なっかしくてほっとけない冬弥のことを何もわかっちゃいないどこの誰だかも知れないバカのために切り落とすつもりだという。
 オレに口出しする資格がないことくらいわかっている。それでも。
 そんな冬弥そのものみたいなきらきらしたものを、冬弥のやわらかい想いごと踏みにじるようなヤツにくれてやるくらいなら。
 どろり、めらり。自分の中で何かが揺れて、噴き上がるのがわかる。
 それなら、あの日鍵をかけて墓まで持って行くと決めて奥底に沈めた身勝手な欲を、いっそ、

(……駄目だ)

「……悪い、」

 掴んだままだった冬弥の手を開放する。目を瞑って深呼吸、ほんの少し噴き出してしまった醜い感情を封じ込め直す。大きく息を吐き出して、顔を上げて、冬弥に向き直ろうとして、

「……は」

 オレは言葉を失った。目に入ったものが、あまりに想定外だったからだ。
 冬弥は白い肌を微かに赤く染め、熱を湛えた瞳でオレを見ていた。ぶん殴られたみたいに頭が揺さぶられて、たった今押し込めたそれが顔を出したがるのを蹴り飛ばす。

「……どうして、今更そんな目で俺を見るんだ」

 オレの耳に流れ込んでくる聞いたことがないくらいに艶っぽい声は、本当に冬弥のものだろうか。もっと全身で聞きたいと思うのに、聞こえないくらいに自分の心臓の音がうるさい。

「……どんな目だよ」

 問い返した自分の声も、信じられないくらいにかすれている。それに何かを感じ取ったのか、冬弥は戸惑いと期待の入り混じったような表情で口を開く。

「何もかも焼き尽くす、炎のような、瞳」

 艶やかな髪が絡まったままの白い手がオレの頬に添えられた。陶酔とすら言えそうな溶けたアイスグレーに捕えられる。
 ――冬弥はいつからこんな顔をしていた?こんな目でオレを見ていた?今急にでないのなら、変わったのはオレの意識、蓋を開けてしまった感情だけだ。長い間追いやっていたそれを通してみれば、静かな熱はこんなにもわかりやすい。
 無意識のうちに自分の喉が鳴る。自然、引き寄せられながら、シルバーグレーが瞼に隠されていくのを見た。

 ……ああもう、バカはどいつだよ。

***

「……で?」

 シーツに散らばる汗ばんだ髪をもてあそびながら傍らに問う。

「切っちまうの、これ」
「そうだな……」

 願掛けの意味を考えると切ってもいいんだが。

「……」
「俺がずっと好きだった……いや、これからもずっと好きな人が。俺の髪に触れたり乾かしたり整えたりセットしたりするのが好きなようだから。それに、俺も触れられるのが好きだから。このままにしておく」
「……そーかよ」

3152文字, ss

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