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Klavier
#akty
2025.11.24-26webオンリー初出
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その夜二人が訪れたcrase cafeは、見慣れたものと異なる様相をしていた。
あたたかみのある照明は鈍く落とされ、どこか豪奢で艶っぽい雰囲気を醸し出している。暗い店内でも一際目立つのは、奥に鎮座するモノクロームの巨体だ。その鍵盤は青い歌声と共に奏でられ、赤い声色が旋律に寄り添う。カウンターでは心地良さげな桃色のハミングが重ねられている。二人はひとつ頷きあい、そのまま店内に満ちる音楽に耳を澄ませた。
――鍵盤が打ち鳴らした最後の音。それを聞き届けて、冬弥は手を鳴らしながら店内へ歩み入った。彰人も冬弥に続いてカウンター席に腰を下ろす。
「冬弥くん彰人くんいらっしゃーい!」
「いらっしゃーい!」
カウンターに座っていたルカが隣に座った冬弥に向かって腕を広げ、いつの間にか来ていたカイトが彰人の隣に座る。メイコはカウンターに戻って二人に微笑みかけた。
「お邪魔します。気分転換に彰人と待ち合わせたんですが、このような素晴らしい歌が聴けるとは思いませんでした」
「ああ、すげー聴き入っちまった。カイトさん、歌うとほんと普段と印象変わるよな……つか、どうしたんすかこの店」
彰人が内装に目をやる。その印象は、バー営業をしていた時のWEEKEND GARAGEに少し似ていた。
「杏ちゃんたちから聞いたよ! 冬弥くん、ジャズバーでピアノ頼まれたんでしょ?」
「だからここもジャズバーみたいな雰囲気にできないかなって、いじらせてもらったんだ!」
「ほら、飲み物もカクテルなんだよ!」
自由人二人がカラフルなグラスを慣らしながら楽しそうに語る。店にミクやリン、レンがいないのも酒があるのが関係しているのだろうか。
「カクテルって……つかここ酒あったのか」
「もちろんよ。『とっておき』をご馳走しようとしたこともあったでしょう?」
ノンアルコールも作れるから安心して。いたずらっぽくメイコが笑う。ウイスキーグラスに入れた烏龍茶を出してきたときのことを示され、彰人は小さく笑った。隣をうかがうと、冬弥は顎に手を当てて微かに首を傾げている。
「どうした?」
「……ジャズバーの話は、もしかしたら少し誤解があるかもしれません」
「え?」
なになに? と身を寄せるルカに、冬弥は口を開く。
「依頼を受けたのは事実です。お世話になっているライブハウスの常連客が経営しているジャズバーで、そこの看板歌姫の曲の伴奏を弾かないか、と」
Vivid BAD SQUADはストリートユニットとして名を馳せているが、そのファンの中にも音楽全般に造詣が深く、冬弥の出自を知っている人も当然いる。ストリートの世界でも、その演奏を求られることになるのは想像できたことだった。
けれど、ここにいるのは、ピアニストの青柳冬弥ではないので。
「一曲だけなら、伴奏を引き受けたい。ただし、歌姫の伴奏ではなく、歌も任せていただけるなら。そう答えました」
ボーカルユニットのBAD DOGSとして。
三人の感嘆の声が重なる。冬弥自身、全く別の要求をしていることはわかっていた。それでも歌を評価されている自負はあったし、演奏を見せないとも言っていない。果たして、Vivid BAD SQUADのファンでもあった依頼主は、二人の出演を受け入れてくれたのだった。
「彰人くんもそれでいいんだ?」
カイトが彰人を伺う。そりゃ、まぁ。彰人は相槌で応える。
最初に話を聞いた時は、まともに知らない歌姫とやらに冬弥の音楽の源をくれてやれるものか、と思った。けれど、冬弥自身が「BAD DOGSとしてなら」と言ったというのだ。彼の大切に抱えたはじまりの音楽を彰人となら歌いたいと。
それは、とても。
「人前で演奏するっつーのはちょっと驚きましたけど。今回はあっちが決めた曲らしいが、冬弥と歌えんならそれでいい」
冬弥がいいなら。彰人は店の奥を見やる。先ほどの曲で、カイトが奏でていた鍵盤。
「やっぱり、気になったかしら」
彰人の視線に気付いてか、メイコがカウンターに肘を付く。
「実はね、しばらく前からあったのよ。……きっと、冬弥くんのピアノ――クラシックへの気持ちが前向きになったからでしょうね」
セカイはあなたたちの想いで変わるものだから。メイコの言葉に冬弥が穏やかに微笑む。
「自分でも、前向きになったと思います。……今回のお話を経て、やってみたいこともできました」
今なら、クラシックもそれ以外も、すべての音楽を愛おしいと感じられる。これまでの経験も何もかもが、己の道と定めた歌の、世界への足掛かりになるだろう。だから。
「いつか、俺たちのイベントでピアノを演奏するなら。俺が作った曲を、俺自身が、相棒と、仲間と歌う曲でありたい」
力強い宣言に、彰人は相棒を見つめていた目を見張った。冬弥が彰人を見る。挑戦的な笑顔。彰人が惹かれてやまない、上へ行くという決意を湛えた瞳。
「彰人」
付き合ってくれるか?
答えなんてわかっている、そう物語る瞳を見て、身体に震えが走る。以前よりずっと、感情を表に出すようになった。未来に彰人を望むと口にするようになった。変化そのものにも、その変化に少なからず関わってることにも、言いようのない興奮を覚えている。
無論、答えは決まっている。
「当然だろ」
冬弥の原点と、共に見る夢を重ねて、託してくれる。
誇らしくこそあれ、厭うはずがなかった。
2302文字,
2025.11.18 22:34
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#akty 2025.11.24-26webオンリー初出
その夜二人が訪れたcrase cafeは、見慣れたものと異なる様相をしていた。
あたたかみのある照明は鈍く落とされ、どこか豪奢で艶っぽい雰囲気を醸し出している。暗い店内でも一際目立つのは、奥に鎮座するモノクロームの巨体だ。その鍵盤は青い歌声と共に奏でられ、赤い声色が旋律に寄り添う。カウンターでは心地良さげな桃色のハミングが重ねられている。二人はひとつ頷きあい、そのまま店内に満ちる音楽に耳を澄ませた。
――鍵盤が打ち鳴らした最後の音。それを聞き届けて、冬弥は手を鳴らしながら店内へ歩み入った。彰人も冬弥に続いてカウンター席に腰を下ろす。
「冬弥くん彰人くんいらっしゃーい!」
「いらっしゃーい!」
カウンターに座っていたルカが隣に座った冬弥に向かって腕を広げ、いつの間にか来ていたカイトが彰人の隣に座る。メイコはカウンターに戻って二人に微笑みかけた。
「お邪魔します。気分転換に彰人と待ち合わせたんですが、このような素晴らしい歌が聴けるとは思いませんでした」
「ああ、すげー聴き入っちまった。カイトさん、歌うとほんと普段と印象変わるよな……つか、どうしたんすかこの店」
彰人が内装に目をやる。その印象は、バー営業をしていた時のWEEKEND GARAGEに少し似ていた。
「杏ちゃんたちから聞いたよ! 冬弥くん、ジャズバーでピアノ頼まれたんでしょ?」
「だからここもジャズバーみたいな雰囲気にできないかなって、いじらせてもらったんだ!」
「ほら、飲み物もカクテルなんだよ!」
自由人二人がカラフルなグラスを慣らしながら楽しそうに語る。店にミクやリン、レンがいないのも酒があるのが関係しているのだろうか。
「カクテルって……つかここ酒あったのか」
「もちろんよ。『とっておき』をご馳走しようとしたこともあったでしょう?」
ノンアルコールも作れるから安心して。いたずらっぽくメイコが笑う。ウイスキーグラスに入れた烏龍茶を出してきたときのことを示され、彰人は小さく笑った。隣をうかがうと、冬弥は顎に手を当てて微かに首を傾げている。
「どうした?」
「……ジャズバーの話は、もしかしたら少し誤解があるかもしれません」
「え?」
なになに? と身を寄せるルカに、冬弥は口を開く。
「依頼を受けたのは事実です。お世話になっているライブハウスの常連客が経営しているジャズバーで、そこの看板歌姫の曲の伴奏を弾かないか、と」
Vivid BAD SQUADはストリートユニットとして名を馳せているが、そのファンの中にも音楽全般に造詣が深く、冬弥の出自を知っている人も当然いる。ストリートの世界でも、その演奏を求られることになるのは想像できたことだった。
けれど、ここにいるのは、ピアニストの青柳冬弥ではないので。
「一曲だけなら、伴奏を引き受けたい。ただし、歌姫の伴奏ではなく、歌も任せていただけるなら。そう答えました」
ボーカルユニットのBAD DOGSとして。
三人の感嘆の声が重なる。冬弥自身、全く別の要求をしていることはわかっていた。それでも歌を評価されている自負はあったし、演奏を見せないとも言っていない。果たして、Vivid BAD SQUADのファンでもあった依頼主は、二人の出演を受け入れてくれたのだった。
「彰人くんもそれでいいんだ?」
カイトが彰人を伺う。そりゃ、まぁ。彰人は相槌で応える。
最初に話を聞いた時は、まともに知らない歌姫とやらに冬弥の音楽の源をくれてやれるものか、と思った。けれど、冬弥自身が「BAD DOGSとしてなら」と言ったというのだ。彼の大切に抱えたはじまりの音楽を彰人となら歌いたいと。
それは、とても。
「人前で演奏するっつーのはちょっと驚きましたけど。今回はあっちが決めた曲らしいが、冬弥と歌えんならそれでいい」
冬弥がいいなら。彰人は店の奥を見やる。先ほどの曲で、カイトが奏でていた鍵盤。
「やっぱり、気になったかしら」
彰人の視線に気付いてか、メイコがカウンターに肘を付く。
「実はね、しばらく前からあったのよ。……きっと、冬弥くんのピアノ――クラシックへの気持ちが前向きになったからでしょうね」
セカイはあなたたちの想いで変わるものだから。メイコの言葉に冬弥が穏やかに微笑む。
「自分でも、前向きになったと思います。……今回のお話を経て、やってみたいこともできました」
今なら、クラシックもそれ以外も、すべての音楽を愛おしいと感じられる。これまでの経験も何もかもが、己の道と定めた歌の、世界への足掛かりになるだろう。だから。
「いつか、俺たちのイベントでピアノを演奏するなら。俺が作った曲を、俺自身が、相棒と、仲間と歌う曲でありたい」
力強い宣言に、彰人は相棒を見つめていた目を見張った。冬弥が彰人を見る。挑戦的な笑顔。彰人が惹かれてやまない、上へ行くという決意を湛えた瞳。
「彰人」
付き合ってくれるか?
答えなんてわかっている、そう物語る瞳を見て、身体に震えが走る。以前よりずっと、感情を表に出すようになった。未来に彰人を望むと口にするようになった。変化そのものにも、その変化に少なからず関わってることにも、言いようのない興奮を覚えている。
無論、答えは決まっている。
「当然だろ」
冬弥の原点と、共に見る夢を重ねて、託してくれる。
誇らしくこそあれ、厭うはずがなかった。